平洲先生の辻講釈

細井平洲(ほそいへいしゅう)先生は、享保13(1728)年、尾張国知多郡平島村(現在の愛知県東海市)の裕福な農家の二男として生まれました。幼い頃から学問好きで、名古屋、京都、長崎に遊学した後、24歳で江戸へ出て私塾「嚶鳴館」を開きました。西条(愛媛県)、人吉(熊本県)、尾張等の藩に迎えられたほか、当時14歳の米沢(山形県)藩主・上杉治憲(鷹山)の師となり、後々まで米沢藩改革の土台を築いたことで有名です。

平洲の学問は徹底した「実学」でした。特定の学派や学閥に縛られることなく、世の中の役に立つなら何でも取り入れる柔軟さがありました。また、多くの藩に迎えられる一方、彼の学問の現場はあくまで「市井」でした。江戸の両国橋では道行く人達を相手に辻講釈を行い、尾張では廻村講話(講演会)を行いました。殿様達だけではなく、一般の民衆にとっても平洲の教えは分かりやすく、面白かったといいます。

その平洲に「学、思、行 相まって良となす」という言葉があります。これは、「単に話を聞いて学ぶだけではなく、自ら考え、さらに実行に移すことの三つが揃うことによって、初めて学んだことになる」という意味とのこと、実践を重んじる平洲の思想が端的に表されています。

10月初めに東海市を訪れました。中村靖彦先生が主催される「食材の寺小屋」東海市シリーズの一環です。名鉄・聚楽園駅に降り立つと、目の前には大きな「学思考」の碑、さらには平洲先生の一生を説明したパネル。熱心な参加者の皆さんに集まって頂いた学習会の終了後には、平洲記念館に案内して頂き、館長さんから説明をうかがうこともできました。

平洲先生の教えが今も息づいているこの東海市から、実践的な食育の取組が広がっていくことを期待したいと思います。