相次いだ2件の訃報

 6月12日(火)は訃報が相次いだ1日でした。
 朝、インターネットを開くと、水俣病研究の第一人者である医師・原田正純先生が逝去されたとのニュースが配信されていました。77歳とのことです。驚きました。
 私事ながら、2005年4月に熊本に転勤となり、それまであまり知らなかった水俣病のことを学ぼうと、7月、「環境ネットワークくまもと」(通称「かんくま」)主催の「水俣エコツアー」に参加しました。
 その1泊2日のバスツアーに、ガイド役として同行して下さったのが、かんくま代表でもあった原田先生でした。想像していたイメージとは違い、飄々とされた笑顔の似合う方で、素人のような私を含む参加者にも気安く、丁寧に説明をして下さいました。
 この時に案内して頂いたのは水俣ほたるの家、ほっとはうす(共同作業所)、水俣病資料館、鹿児島県出水市の患者さん宅など。
 患者さんや支援者の皆さんを前にした原田先生の口調は優しく、それでも時折、目に厳しい光が射すのが、強く印象に残っています。
 宿泊した湯の鶴温泉の旅館でも、夜が更けるまで日本酒を飲みながら、気さくに色々な話をして下さいました。
 その後、熊本学園大学での「水俣学」講義等も聴講させて頂きました。
 最後にお会いしたのは、昨年9月にカナダ水俣病の講演会で上京された際でした。
 この時、休憩時間に、不躾にも福島の農産物を「食べて応援」する取組についてお考えか聞いてみました。
 「放射能にはもともと安全基準など存在しない。自分たち高齢者が引き受けて食べようと思うこともあるけれども、排泄の問題もあるしね」とのご発言に、目から鱗が落ちたような気がしたものです。
 2件目の訃報は、さらに突然でした。
 12日夜、TBSラジオ「Dig」を聞いていると、放送の最後に出演者の神保哲生氏(ビデオジャーナリスト)が声を改められ、日隅一雄(ひずみ・かずお)さんが胆のうがんのため逝去されたことを報告されたのです。49歳の若さです。
 産経新聞記者から弁護士に転身、NHK番組改変問題や沖縄密約文書情報開示の訴訟を担当されたほか、東日本大震災後は、がん宣告され闘病されつつ、東京電力や政府の記者会見に参加し、民主主義と情報公開のあり方を追求し続けてこられた方です。
 今年の4月14日(土)、クレヨンハウスで開催された「原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」で初めてお話を伺いました。闘病中にも関わらず、講演終了後は、サインを求める長い行列に最後までにこやかに対応されていた姿が印象的でした。
 原田先生も日隅先生も、大きな力に立ち向かい闘ってこられたにも関わらず、ふだんは殊更に大きな声を上げられることも無く、本当に穏やかで、優しい雰囲気をお持ちの方でした。
 謹んでお2方のご冥福をお祈りします。

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  1. まとめtyaiました【相次いだ2件の訃報】

     6月12日(火)は訃報が相次いだ1日でした。 朝、インターネットを開くと、水俣病研究の第一人者である医師・原田正純先生が逝去されたとのニュースが配信されていました。77歳との…

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