浜通りと福島原発の現状-AFW講演会

 2015年2月27日(金)、ショッキングなニュースが飛び込んできました。
 JRAの後藤浩樹騎手(40歳)が、自宅で首をつった状態で発見されたというのです。
150227_convert_20150301110400.png  翌28日(土)のJRAホームページには、訃報と献花台を設置する旨のお知らせ。この日は12レース中9レースに騎乗予定だったそうです。
 2度の大きな落馬事故から復帰、積極的な騎乗スタイルは個人的にもファンだっただけに、言葉もありません。
 ご冥福をお祈りしたいと思います。(合掌)
 さて、その2月28日(土)。「2月は逃げる」とは、よく言ったものです。
 久しぶりに東京・両国に向かいました。駅構内には、横綱・白鵬はじめ4枚の大きな優勝額。
 徒歩数分で回向院へ。
 実は大相撲のルーツは、江戸後期以降、ここで開催されていた勧進相撲興行にあります。
 境内には、歴代相撲年寄を慰霊する「力塚」も。新弟子たちは力を授かるよう、この碑に祈願するそうです。
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 義賊・ねずみ小僧の墓もあります。
 長年捕まらなかった運にあやかろうと、この日も、墓の前に置かれた石を削りお守りにする参拝者が絶えません。
 青空の下、梅の花やヤツデの実も目を楽しませてくれます。
 回向院は、1657年の明暦の大火(振袖火事)の犠牲者を慰霊するために建立された寺院です。
 ここで、福島の現状に思いを馳せるイベント「東日本大震災からの復興-福島県浜通りの現状から-」が開催されたのです。
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 畳敷きの堂内には椅子が並べられ、参加者は20名ほど。
 マスコミの取材も入っています(3/11、TBSで放映される特番で紹介されるそうです)。
 講師は、アプリシエイト・フクシマ・ワーカーズ代表の吉川彰浩さん。
 吉川さんは1980年の生まれ。
 東電学園(注:東京電力が運営していた職業能力開発校で2007年に閉校)高等部を卒業後、福島第一原子力発電所に配属され施設建屋の保守管理・現場監理に従事。2008年には福島第二原子力発電所へ転勤し、ここで2011年3月11日の震災に遭い、大きな津波被害に見舞われました。
 その後、外に出て原発事故被災者の方たちと力を合わせて復興に取り組みたいと決意され、2012年6月に東京電力を退職されました。
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 吉川さんが設立された Appreciate FUKUSHIMA Workers (アプリシエイト フクシマ ワーカーズ、AFW)は、原発作業員の方々と、原発事故被災地への支援を行っている団体。
 福島第一原発の現状や作業員の労働環境等に対する一般の方々の理解促進のための活動(講演会等による情報発信や現地ガイド等)、原発被災地支援のための里山再生、オリーブの栽培、中学生の学習支援等に取り組んでいるとのこと。
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 講演の前半は、福島・浜通りの現状について。
 冒頭、福島県の面積は広く(北海道、岩手に次いで3位)、福島県イコール被災地とひとくくりにはできないことを指摘されました。
 福島県の食品放射能検査結果によるとほとんどが測定下限値未満であること、常磐自動車等が翌日(3月1日)に全線開通すること、避難指示区域も縮小されていること等、復興は順調に進みつつある面があるとのこと。
 その一方で、現在も福島県の全人口の約6.5%が避難生活を送っておられるなど、依然として厳しい状況は変わっていないことを強調されました。
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 そして、スライドを映しつつ、浜通りの現状について説明して下さいました。
 全域が避難指示解除準備区域である楢葉町では、日中の入域制限はなく、コンビニやガソリンスタンド等は営業しており通常の光景と変わりません。
 その北隣の富岡町は帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域が混在しており、道路を境界にして、いつでも入域可能な住民と月1回しか入れない住民に分断されているとのこと。
 帰還困難区域が大半を占める大熊町では、行政は汚染土等の中間貯蔵施設の受け入れを決めたものの地権者の同意は得られていません。吉川さんの祖父母の家の写真も見せて下さいましたが、月1回しか入れないため、ほとんど震災直後のままで片づけもできていません。
 そのような状況にあるなか、汚染物質を自分たち被害者が引き取ることは納得できないという住民の思いを想像してほしい、と訴えられました。
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 さらに、今後、仮設住宅が取り壊されると新しくできつつあったコミュニティも失われてしまう恐れがあること、原発事故で避難されている方々への誤解や偏見(賠償金をもらっているから働かない等)が拡がっていること等の問題を指摘されました。
 後半は、2月16日(月)に行った「民間人としての福島第一原発視察」の模様を報告して下さいました。
 福島第一原発の廃炉の取組状況については、現地・福島県の方にも正しく伝わっていません。このことが同じ県で暮らすことへの不安につながり、また現地で働く方々の苦労の成果も理解されません。
 そこで、吉川さん達は、福島に住んでおられる一般の方々を対象にした初めての「視察」を行ったのです。廃炉に向けた作業の渦中にある東京電力との調整を含め、実現に向けてのハードルは大きかったとのこと。
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 現場に行って実感したことは、震災直後に比べ、状況は想像以上に良くなっているということ。入口近くでは作業員も防護服を着用しなくて済むなど、若い女性も働ける環境になっている。
 しかし、現在も緊急事態は継続中。安定しているとは全く言えない。
 最近、新たに発覚した汚染水の外洋流出により、これまで漁業者等との間で築き上げようとしてきた信頼は地に落ちた。
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 一方で、参加者の皆さんが、作業員の方々の大変な苦労を実感でき、感謝と敬意の気持ちが沸いてきたという感想が多かったのは、大きな収穫だった。
 作業員の労働環境は被災直後に比べれば格段に改善されたといっても、暑さ寒さは防げず、簡単に休憩も取れない。被ばくのリスクもある。普通の職場とは違う。
 原発作業員や避難者の方々を含め、相手の顔が見える距離でつながっているかどうかが重要。お互いに敬意を持って、復興のために手を取っていくことが必要。
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 講演後は、会場の参加者の皆さんから、視察参加者の感想など多くの質問が出されました。
 視察の参加者の感想等については、
 「原発の情報は地元の人にも伝わっていないことを実感。マスコミは悪いことばかり取り上げる傾向がある。線量の低下など改善点も多いが、それらはマスコミ経由では伝わらない。マスコミによる二次情報ではなく、自分で情報を取り、自分で見ることが必要。自分達も、そのための取組を続けていきたい。
 現場の実情を伝えていくための取組を続けていきたい」
 「立地自治体ではない近隣の市町村では、原発被害の恨みつらみはあるものの、それを乗りこえて手を携えて復興に取り組んでいきたいという声も上がってきた」
 「廃炉作業はようやくスタートラインに立ったばかり。メルトダウンした核燃料等を取り出す技術も確立されていない。近付くことさえできない。
 正しい最新の情報を知ることが必要。まずは、多くの方に関心を持って頂きたい。そのことが、過酷な廃炉作業に取り組んでいる作業員の皆さんのモチベーションをあげることにもつながる」
 「被災は継続中。風化させてはならない。改善された面と、引き続き深刻な面の両方がある。『正しく恐れる』ことが必要」等と訴えられました。
 質疑応答を含め、講演会は予定の時間を30分以上超過。終了後も、吉川さんは多くの参加者に囲まれていました。
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 東日本大震災と原発事故から、間もなく丸4年。復興は5年目に入ります。
 原発をめぐっても様々な議論がありますが、まずは、現状を正しく知ることが重要です
 
 吉川さんの話からは、マスコミやネットからは得られない貴重な情報を得ることができます。この短いブログでは、とても現地の状況や吉川さんの思いを十分に伝え切れません。
 ぜひ多くの方々に、直接、吉川さんの話を聞いて頂きたいと思います。
 ちなみに3月7日(土)午後には、東京・渋谷でも講演会を予定されているそうです。
 【ご参考】
◆ ウェブサイト:フード・マイレージ資料室
◆ メルマガ :【F. M. Letter】フード・マイレージ資料室 通信
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