【ブログ】本田由紀先生「日本社会の現状と課題」

2017年7月16日(日)。
 北九州等では豪雨で甚大な被害が出ているにもかかわらず、東京地方はさっぱり雨が降りません。
 自宅近くに一画を借りている市民農園の土もパサパサ。農家の方の苦労とご心労が気がかりです。
 それでもこの日は初物のスイカを収穫。割ると真っ赤、甘くて美味でした。

午後から東京・四ツ谷の上智大学へ。
 気がつくとサルスベリが満開の季節。それにしても都心の猛暑は凶悪なほどです。

14時から12号館3Fの教室で開催されたのは、公共哲学を学ぶ会「日本社会の現状と課題」と題する講演会。
 主催は、ケアを中心に学び分かち合いの活動をしているベグライテンと、ミシュカの森です。

ミシュカの森代表の入江杏さんから、「自死や過労死の問題も深刻で、働き方についても考えていきたい」等の挨拶に続いて、この日の講師である本田由紀先生(東京大学大学院教育学研究科教授)が紹介されました。

本田先生は徳島県のご出身(同郷!)。教育社会学がご専門で、『社会を結びなおす』(岩波ブックレット)、『もじれる社会』(ちくま新書)など多くの著書もあります。

「今日は気がめいるような話ばかりになるが、現実を見据えないと前に進めない。その上で、単なるスローガンではなく、解決に向けての方向性を示したい」という言葉から、講演は始まりました(文責・中田)。

実証研究を専門とされている本田先生らしく、多くのエピソードやデータが次々と紹介されていきます。
 「一人暮らしの高齢者は600万人。うち半数は生活保護水準以下の年金収入しかなく“破産”寸前の状況に追い込まれている。3歳の保育園児が万引きで補導されたのは父親が連帯保証人になっていた友人の借金が原因。10~20代の女性の貧困も深刻。日本社会は、湯浅誠さんが言うようにセーフティネットがない『滑り台社会』。
 一方で、生活保護受給者に対するバッシングやヘイトスピーチなど、人々の憎悪が弱者に向けられている」

「なぜこんな社会になってしまったのか。
 戦後の日本社会は高度経済成長期、オイルショック以降の安定成長期、バブル崩壊後の低成長期に分けられるが、近年は高額の金融資産を有する者が増加する一方で完全失業率や非正規雇用の割合が上昇するなど二極化が進行。近年の大学進学率の上昇は高卒者に対する求人減のため」

「仕事・家族・教育の間が、堅牢に、一方的な矢印によって結合されていたのが『戦後日本型経済モデル』。
 新規学卒一括採用、長期安定雇用と年功賃金、家庭による教育支出等が経済の高度成長を実現させた。しかし、不安定就業の増加、賃金・雇用時間の劣悪化、家庭間格差の拡大など、このモデルは破綻している」

さらに、著しい高齢化と労働力人口減少、国際敵にみても高い貧困率、労働条件の劣悪化(ブラック企業等)、奨学金政策の手薄さ、教育内容の意義の希薄さ、閉塞する人生観の状況等について、次々と具体的なデータを示しつつ説明して下さいました。

そして対処の方向性はこれしかないのでは、と「新たな社会モデル」を提示されました。
 「仕事・家族・教育が一方的な矢印ではなく、お互いに役割分担し助け合う。NPOや社会的企業とも連携し、ジョブ型正社員を増やす。リカレント教育やワークライフバランスを重視。保護者や地域に開かれた学校を目指す。
 そして、政府が責任を持ってセーフティネットとアクティベーションとのいう2枚の『布団』を準備する」

最後に、本田先生が代表をされている日本学術会議社会学委員会・社会変動と若者問題分科会の提言「若者支援政策の拡充に向けて」について紹介されました。

セーフティティネット(生活保護受給者の高等教育機関への進学の承認等)、教育・人材育成(公共職業訓練の定員拡大等)、雇用・労働(残業時間の月60時間の上限設定等)、ジェンダー(セクハラに関する教育拡充等)、地域・地方(NPO等による若者支援の仕組みの強化等)が、その主な内容です。

会場との質疑・意見交換では、ベーシックインカムの意義、成長を前提とした現行の社会モデルの限界等について質問が出されました。
 本田先生からは「ベーシックインカムは一定の意義はあると思うが、結局はお金で解決しようという方法。住宅や食べものなど、余っているものを循環する仕組みを考えることも重要では」
 「経済成長を自己目的化することには反対だが、貧しい人を支えるためには一定の税収増も必要ではないか。『だれもが受益者になる』という井出英策さんの提言には共鳴するが、一定の財源確保が必要」等のコメント。

また、「絶望感だけが残った」という若い方の感想に対しては、「現在の政治や社会の問題点に対しては批判し続けていくしかない。ただ、声を上げる若い人たちが増えており、私自身はそんなに悲観してはいない」との回答。

現在の社会のあり様に対する本田先生の怒りと(説明されながら、何度も深いため息をつかれました)、何とか社会をよりよい方向に変えていきたいというたいという熱意が、ふつふつと感じられる講演会でした。