【ほんのさわり】五十嵐泰正『原発事故と「食」』


-五十嵐泰正『原発事故と「食」-市場・コミュニケーション・差別』(2018/2、中公新書)-
 http://www.chuko.co.jp/shinsho/2018/02/102474.html

著者は1974年千葉・柏市生まれの筑波大学大学院人文社会系準教授(都市/地域社会学)。
 原発事故でホットスポットとされた千葉・柏市で「安全・安心の柏産柏消」円卓会議事務局長を務められた時の経験は、編著『みんなで決めた「安心」のかたち』(亜紀書房)としてまとめられています(これも多くの示唆に富む本です)。

本書では、東日本大震災から7年以上が経過し、「風化」と「風評の残存」が同時進行するという複雑な状況にあるという認識の下、まず、福島県産農水産物の「風評」被害が市場の中で固定化されていくメカニズムが分かりやすく分析されています。例えば、季節性や保存性、あるいは代替産地の有無の点でキュウリと米は違う状況にあることがデータに基づき明らかにされます。
 そして、悪いイメージの固定化を超えるための実践的な情報発信のあり方(楽しさなど興味の喚起等)について考察されています。

また、福島県産品を忌避する一部の消費者を安易に勉強不足と批判し、科学的知識を振りかざすようなことはすべきではないとし、価値観を共有しながらの個人対個人のコミュニケーションにこそ信頼回復の可能性があると指摘しています。

著者は、デリケートな「風評」被害の問題をたんねんに解きほぐしていく作業を続けた後に、「必要なのは、相互の選択への尊重と不介入という共生の作法だ」「この放射線リスクをめぐる『食』の分断は、否応なく多様性を増す日本社会が成熟していくうえでの、重要なレッスンでありステップでもあるようにも、私は感じている」という結論に達しています。

福島の食や「風評」被害の問題に関心のある方のみならず、多様性が尊重される社会の構築について関心のある方にも、大いに参考になる力作です。