【ブログ】「家族の物語」を書くとき、何が起きるか(@本屋 Title)

2018年7月26日の終業後は東京・荻窪へ。
 JRの駅から交通量の多い青梅街道沿いを10分ほど歩いたところに、本屋 Title(タイトル)はありました。

街中の書店がどんどん閉店する中、2016年1月、古い民家を改装してオープンした新刊書店です。
 どのような書店かは、店長の辻山良雄さんが書かれた『本屋、はじめました-新刊書店 Title 開業の記録』(2017/1、苦楽堂)に詳しく書かれています(拙メルマガで勝手に紹介させて頂きました)。

この日19時30分から開催されたのは、「『家族の物語』を書くとき、何が起きるか」
 社会経済学者の松原隆一郎さんが、祖父・頼介氏の生涯とその背景となる日本近現代史を描いた『頼介伝』(苦楽堂)の刊行を記念したトークイベントです。

松原先生は1956年、神戸市生まれ。東京大学大学院教授を経て現在は放送大学教授。『経済思想入門』(ちくま学芸文庫、2016年)、『書庫を建てる』(堀部安嗣氏との共著。新潮社、2014年)等の著作があります。

トークのお相手は作家の古川日出男さん。
 古川さんは1966年、福島県生まれ。『聖家族』(集英社、2008年)、『馬たちよ、それでも光は無垢で』(新潮社、2011年)等の著書があり、多くの受賞歴もあります。

なお、イベントの告知文には「ここでしか聴けないノンフィクションと小説の異種格闘技戦」とあります。

神戸から見えられた苦楽堂の石井代表の挨拶と進行によりスタート。

松原さんは、まず、今回の本を大手出版社ではない苦楽堂から出された経緯(ご縁)を話された後、お祖父さんが住んでおられたという神戸・東出町を訪ねた時の印象から話し始められました(以下、文責・中田)。

「阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた東出町には、かつては大きな企業があり、著名人も多く住んでいるなど、当時の日本を代表するような謎の町だった」

「父が亡くなって実家を処分した時、祖父の古いアルバムが出てきた。進水式の船の前に着飾った人や褌姿の人などが並んだ不思議な写真で『頼介伝』のカバーにも使った」

「祖父は鉄鋼会社を経営しており、自分は後を継ぐように言われて大学も冶金関係に入学。ある意味、縛られていた。その後、鉄鋼会社は倒産したので好きな進路(都市工学、経済学)に進むことになったのだが。
 祖父が亡くなったのは大学の時なのに、本人と直接、話すことは少なく、何も知らないことに気付いた。そこで色々と祖父のことを調べていくうち、これはどうしても本を書かざるを得ないという気持ちになった」

「自分は社会経済学者なので、できるだけ事実を詰めていくやり方。今回も祖父が住んでいた場所を確かめるために何度も法務局に足を運んだり、写真が映された場所を探すためにタクシーで回ったりした。
 現地を訪ね、個別のデータを積み上げることで、祖父の気持ちや心情を知りたいと思った」

「経済学が根本的におかしいのは、人は全ての情報を得た上で選択しているという前提。統計的に把握できるリスクだけではなく不確実性もある。
 祖父は、その時代の不確実性に対峙して人生を送ってきた人。若い頃はフィリピンでマニラ麻を生産、帰国して帆布会社、次いで海運会社を起して財をなしたが、戦争で船は軍に徴用される。戦後は鐵鋼会社を起こして成功したが、結局は大手に買収されてしまった」

ここまでの話を聞いておられた古川さんは、
「松原さんは、お祖父様が生きておられた時代と場所を探られることで、自分がなぜここにいるのかという大きな流れ、運命を知ることにつながったのでは」等と感想を述べられました。

これに対して松原さんは、
「祖父のことを調べていくと、個人的な小さな話と時代の大きな話が循環していることが分かった。以前に読んだ古川さんの『平家物語』を思い出しました」

古川さん
「『平家物語』には有名人だけではなく、多くの無名の人たちの名前も残されている。ある戦で一番乗りしただけの武将など。歴史は有名な人だけが作ったわけではない。多くの無名の人も歴史に参加し、それが大きな時代の流れとなり、それぞれの人の運命を招いた。
 松原さんがミステリーを解くように東出町という町を訪ね、有名、無名まの多くの方達のことを調べられたことに共感しました」

また、松原さんは、神戸・元町にある全日本海員組合の資料館を訪ね、祖父が所有し軍に徴用された船に関する貴重な史料と出会ったことも紹介されました。

太平洋戦争において戦没した商船船員の割合は軍人のそれを上回っているそうで、資料館には沈没する商船を描いた史料も掲げられているそうです。

最後に松原さんは、
「不確実性に対峙し何度も成功・挫折した祖父に対して、成金の息子として甘やかされて育った父のことも分かったような気がした」等と、生前の父親との確執などについても語られました。

これに対して古川さんからは、
「家族のことを率直に話すことができる松原さんがうらやましい。自分は小説という虚構の中でしか語ることはできない。ある意味で私の小説は全て自伝でもある」等と、こちらも家族と自分との関係など話されました。

お2人とも、プライベートな、心の深い処にまで触れられた内容の濃いイベントでした。。

会場の参加者との間で質疑応答では、親族が徴用された商船で犠牲になられたという女性の方も。古川さんの小説の技法等についての質問もありました。

終了後はサイン会が行われ、私もお2人のご著書にサインを頂きました。
 『頼介伝』、少し読み始めたところです(面白い!)。

ところで、この本屋・Title の奥にはカフェがあり、2階はギャラリーになっています。
 ギャラリーでは、写真家・齋藤陽道さんの個展「これまでの、それからの。」と題する展示が行われていました(8月7日まで)。

「お客さまの顔の見える」書店らしく、カフェでも、地元等の「顔の見える」生産者の素材などを中心に使われているそうです。
 何度も伺いたくなるような「本屋」さんです。