コツコツ小咄まとめ(2018.8/13~17)

2018.8/13(月)
 今週始めのコツコツ小咄。
「米騒動は、たちまち全国各地に飛び火しました」
「そうなんですか」
「一気(一揆)に広がったのです」

撮影地:米騒動発祥地の碑(富山・魚津市、2009.5/23)
 (画質が悪くてスミマセン。)
 100年前(1918(大正7)年)の昨日(8月12日)、神戸の鈴木商店が焼き打ちに遭いました。7月に富山で発生した米騒動は瞬く間に各地に波及し、大きな混乱を招きました。
 ちなみに当時の米生産量は800万トン台後半、現在とほぼ同じレベルです(この間、人口は2.3倍に増加)。

2018.8/14(火)
 今夜のコツコツ小咄。
「この時期の水稲は、ウォーキングと似てるね」
「えっ、どういうこと?」
「歩数(穂数)が気になるもの」

撮影地:新潟・上越市大賀地区(2018.8/11)
 天水に頼っている今年の棚田は、「日照りに不作無し」との格言を覆しかねないほどの水不足だったそうです。ここ数日の降雨で一息ついたとのこと。
 ちなみに西南暖地の早場米地帯の作柄(7/15現在)は「平年並み」ですが。
 http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_kome/attach/pdf/index-52.pdf
2018.8/15(水)
 73回目の、平成最後の終戦記念日のコツコツ小咄。
「今日は特に丁寧に、田んぼの見廻りをする日なんです」
「えっ、なぜですか」
「追悼(水稲)の日ですから」

撮影地:新潟・上越市大賀(2018.8/11)
 100年前には「おかか」(母ちゃん)達が米寄越せと立ち上がり、73年ほど前には多くの出征兵士や戦災孤児が飢えて亡くなった日本。現在は米消費量は激減し、米生産量に匹敵するほどの食品ロスを排出。
 お米や食から、日本の歴史がみえてきます。
 今夕は戦争と戦後について対話する会に参加しました。

2018.8/16(木)
 今夜のコツコツ小咄。
「たまに実家に帰ってきたのに、本当に何も手伝わないね」
「帰省中(寄生虫)だもん」

撮影地:新潟・上越市大賀(2018.8/12)
 私は大賀で生まれた訳ではありませんが、故郷に帰ってきたように感じることがあります。

2018.8/17(金)
 今週最後のコツコツ小咄。
「この辺りは傾斜地で、区画も小さな田んぼばかりですが、経済効率重視の農業とは別の可能性があると考えています」
「そうなんですか」
「オール棚田(オルタナだ)」

撮影地:新潟・上越市大賀(2018.8/12)
 風にそよぐ緑の棚田の光景の素晴らしさは、貨幣価値で計れるものではありません。
 良い週末を。私は近場で読書会と上映会に参加する予定です