ふくがまんろく

「フード・マイレージ資料室」管理者の雑記帳

伏臥慢録

 

2010年12月19日(日)「表面的な数字に惑わされないように」

 先週の土曜日は、山梨県上野原市の西原を訪ねてきました。8月21日の記事にも書いた「さいはら秋そばプロジェクト」の今年最後のイベントです。収穫し軒先に干してあった蕎麦を木槌で叩き、「とうみ」を使って選別作業。いつもながら、地元の「NPOさいはら」の皆さんにお世話になりました (拙ブログでも紹介しています)。

 典型的な中山間地域で農地も少なく、過疎と高齢化が進むこの地域に、東京や横浜の若い男女が約10人ほど、何かを求めて集まりました。私のような中高年は少数派です。彼がさいはらを訪ねる目的は何なのでしょうか。逆にいえば、彼らを引き付けるさいはらの魅力とは何なのでしょうか。

 

 おりしもTPP(環太平洋経済連携協定)をめぐって、日本の農業と農村のあり方が議論されています。多くの議論がなされることはいいことですが、残念ながら、皮相的な見方も多いことは前回(11月3日)も書きました。改めて個人的に、改めて以下のように論点整理してみました(さいたま市の協同研で資料も配布させていただきました)。

 

○「大嘘だらけの食料自給率」?

総合食料自給率について、意図的に低い方のカロリーベース(40%)だけ用いているとの批判がありますが、国の基本計画等では生産額ベース(70%)の数字も併用しています。ちなみに生産額が最も多い部門は畜産ですが、7割以上の飼料は輸入に依存しています。そもそも生命を支えるのは食料の重さでも値段でもなく栄養(エネルギー)ですから、カロリーベースの自給率も重要な指標と考えます。

また、カロリーベースの自給率は日本(の農林水産省)のみが計算しており国際比較には馴染まない、との批判もあります。一般的に国際比較等に用いられるのは重量ベースで計算できる穀物自給率ですが、日本のそれは28%と、世界の177の国・地域中124番目(OECD加盟30か国中27番目)と、一層低いものとなります。ちなみに飼料を除外して主食用穀物の自給率を計算しても、日本は58%と、やはり低い水準にとどまります。

 

○「日本は世界第5位の農業大国」?

確かに農林水産業の生産額を比較すると、日本は中国、インド、アメリカ、ブラジルに次いで第5位であるのは事実です。しかし、先進国の場合GDPに占める農林水産業のシェアはいずれの国も1〜2%程度です。日本のGDPは世界第2位(中国に抜かれると言われていますが)であることと考え合わせると、第5位だから農業大国、というのは短絡的と言わざるを得ません。

ちなみにアメリカにおける農林水産業のシェアは0.9%に過ぎませんが、0.9%のために残りの99.1%を犠牲にすべきでない、といった議論をするアメリカ人は誰もいないでしょう。

 

○「世界最大の食料輸入国」の嘘?

確かに農産物の輸入額だけ取り上げると、日本は460億ドルとアメリカ、ドイツ、イギリス、中国より少ないことは事実です。しかし、他の国は農産物を輸入もしながら輸出もしています。得意な品目は輸出しつつそうでない品目は輸入しているのです。アメリカは世界最大の農産物輸入国ですが、それ以上の輸出をしています。ところが唯一日本のみは、輸入額は相当多いにも関わらず輸出額はわずか23億ドルにとどまっています。つまり、日本の農産物貿易は、輸入に比べ輸出がほとんどないという、世界的に見ても極めていびつな構造になっているのです。輸入額から輸出額を差し引いた「純輸入額」でみると日本はダントツの世界一、間違いなく世界最大の食料輸入国と言えます。

 

○自由化は日本農業の体質強化につながる?

2009年の主業農家1戸当たり平均の農地面積は5.1ha1995年は3.2ha)と、日本農業の規模拡大は着実に進みつつあります。とはいえ、EU14haはともかく、アメリカの200ha、オーストラリアの3000haと比較すると、極めて大きな格差があります。もちろん国際競争力の源泉はコストだけではなく品質も重要ですが、単純に自由化さえすれば規模拡大が進み競争力が強化される、というシナリオは、土地利用型農業については非現実的と言わざるを得ません。

 

TPPは関税の完全撤廃が前提?

TPPの詳細は今後の交渉次第であり不明な点も多いですが、巷間言われているような関税の完全撤廃はありえないのでは。例えば既存のFTA(自由貿易協定)における農産品の自由化率(関税品目数ベース)をみると、アメリカは、競争力が勝るメキシコに対しては撤廃していますが、競争力が劣るオーストラリアに対しては、砂糖、一部の乳製品など、関税品目ベースで20%の品目は関税撤廃から除外しているとのことです。つまり、仮に関税撤廃が前提のTPPなど、アメリカも参加は不可能と思われます。TPPの議論は、そもそも前提から思い込みで始まっている懸念はないのでしょうか。

 

○アメリカ農業の「攻撃的な保護」

そもそもアメリカ農業は、国際競争力があるからアメリカが世界最大の農産物輸出国になっているわけではありません。砂糖や乳製品、牛肉などはオーストラリアに対して競争力は劣っていますし、米についても、アジアの途上国に比べれば高コストです。にも拘わらずアメリカが大輸出国となっている理由は、様々な名目で(エネルギー予算までつぎ込んで)政府が補助しているためです。農家にとっては仮に安くしか売れなくても所得補填があるので、どんどん増産し海外に安く販売することができるのです。これはWTOが禁じているはずの実質的な輸出補助金であり、元東京大学の荏開津先生は「攻撃的な保護」と言われています。

 

○豊かな未来の食に向けて、

 現在の私たちは、表面的な数字等に踊らされることなく、しっかりと考えなければならないことがあります。

まず、世界の食料需給は中国等の経済発展に伴い逼迫基調にあることです。毎年のように天候不順に襲われるなど供給面での不安も高まっています。それに、そもそも世界には10億人近い飢餓人口がいるということ。その中で私たち日本人は大量の食料を廃棄しているということ。国内でも、限界集落やフードデザートの問題など、地域社会やコミュニティは危機に瀕しています。

さて、そのような中で、明日から何を食べましょうか。それは、私たち自身の選択に委ねられているのです。

 

 ご感想、ご批判を頂ければ幸いです。(ご意見等はこちらへ)


2010年11月3日(水) 「日本が農業大国」なんて、とんでもない

 最近、日本の食料や農業について様々な指摘がなされています。例えば「日本は世界第5位の農業大国」、「食料自給率は大嘘だらけで日本は最大の農産物輸入国ではない」、等々。多様な視点からの議論は重要ですが、これらをそのまま鵜呑みにすると誤解が生じることになります。

まず、単純に農林水産業生産額を比較すれば、日本は中国、インド、米国、ブラジルに次いで世界第5位になります。しかし、そもそもGDPでみて日本は米国に次ぐ世界第2位の経済大国です(中国に抜かれますが)。先進国の場合、GDPに占める農林水産業のシェアはおおむね1%前後ということからみても、5位というだけで農業大国というのは誤りです。ちなみに日本の農業生産額の30%強は畜産ですが、飼料の75%は輸入に依存しています。

別の見方をすれば、アメリカではGDPに占める農林漁業のシェアは0.9%ですが、それでも農業大国であることは間違いありません。多面的機能論を持ち出すまでもなく、表面的なGDPの大きさだけで、その産業の重要性を計ることの非合理性は、このことからも明らかです。

農産物輸入額については、日本は米国、ドイツ、英国、中国等よりも少ないのは事実です。しかし、他の国は輸入をしながら輸出もしている(例えば米国は747億ドルの農産物を輸入し927億ドルを輸出)のに対し、日本はほとんど輸出していません(輸入460億ドルに対し輸出23億ドル)。したがって、輸入額から輸出額を差し引いた純輸入額でみると、日本は断トツの一位となります。日本の農産物の貿易構造は、世界の中でも極めて特異な姿です。

その結果、食料自給率も低くなっています。日本の総合食料自給率はカロリーベースで40%、生産額ベースで70%でありも、農水省も両指標を併用しているのですが、低い方の数値だけが一人歩きしていると問題視する論調があります。生産額ベースについては、カロリーが少ない野菜等の生産を的確に把握できるというメリットがある一方、国民に対して安定的に食料(栄養)を供給するという安全保障の観点からは、輸入飼料等を勘案したカロリーベース自給率という指標も重要です。ちなみに国際的に一般に用いられている穀物自給率でみると、日本は28%とカロリーベースよりも小さくなります。これは飼料穀物を含んでいるためですが、主食用穀物に限っても61%と、世界の人口1億人以上の国(途上国を含む。)のほとんどが80%以上を確保していることと比べても低いと言わざるを得ません。

このようにみていくと、やはり日本の食は様々な意味で危機に直面していると言えます。今後、世界の食料需給はひっ迫基調で推移することが懸念されているなか、国内農業は、就業者の高齢化や耕作放棄地の増加など、急速に脆弱化が進んでいるのです。

単純に農業生産額や輸入額の表面の数字だけをことさらに取り上げて議論することは、大事な本質を見落とす恐れがあるのではと危惧しています。

 

2010年10月30日(土) 熊本での実践講座第3期がスタート

 熊本市の熊本県立大学の教室を会場にお借りして、フード・マイレージ実践講座がスタートしました。熊本での開催は、これで3期目(3年目)です。かつて九州農政局に勤務していた際のご縁で、2年前、熊本市の一般消費者(主婦)の皆様の自主的な取組として、フード・マイレージをヒントに自分たちの食と農業、環境の問題を考えていこうという講座が初めて発足しました。その後、東京でも2年続けて開催しましたが、3年続けての開催は熊本が最初で、熊本の皆さんの環境問題への取組の熱心さがうかがえます。

 今回の講座の参加者は、大学の先生、小学校の教員の方、保育園の栄養士・保育士の3名の皆さん、生協関係の主婦の方、そして若い野菜農家の方(唯一の男性)の7名です。2回にわたる講座の一日目は、フード・マイレージが必要とされる背景(食生活の変化、世界の食料事情と日本の食料自給率、食生活と地球環境との関わり等)、フード・マイレージの概念と計算方法等について説明し、意見交換しました。プロの教員でも研究者でもない私の4時間弱の拙い話に、熱心に耳を傾けて頂いた参加者の皆さんの熱意には、頭の下がる思いでした。

 より豊かな未来の食を築いていくためには、行政や政治の取組も当然ながら必要ですが、結局は、一人ひとりの消費者の気付きと実践が決定的に重要です。私も一人の消費者として、参加者の皆さん、事務局(FMPA)の皆さんとともに学んでいきたいと思います。

 それにしても台風が接近するなか、一日ずれていれば熊本行きも危ぶまれましたが、無事に開催できたのは、事務局の皆さんの日頃の行いのお陰(「晴れ女」?)かと感謝しています。11月末の第2回講座(最終回)も、何とか参加者の皆さんの期待に応えられるような充実したものとしたいと、身の引き締まる思いです。

 

2010年10月17日(日) 自給率1%の東京農業

 秋晴れの一日、東京都農住都市支援センターが主催する「江戸東京野菜探訪バスツアー」に参加してきました。江戸東京・伝統野菜研究会の大竹道茂さんに紹介頂いたものです。

 JR西国分寺駅に集合したのは一般消費者の皆さん約60名、バスは補助席まで満席です。国分寺薬師堂から「お鷹の道」を散策、途中、大竹さんからは、蛍も棲む豊かな湧水は農地や平地林が水を涵養しているお陰との説明がありました。

 小坂良夫さんの農地では、東京競馬場から引き取った馬糞や敷藁によるエコファーマーの取組をお聞きした後、亀戸大根やベビーリーフの収穫体験。

 バスに戻り三鷹へ移動する車中では、フード・マイレージからみた江戸東京野菜の取組の意義について、私から説明させて頂きました。

 三鷹の星野直治さんの農場では、寺島茄子の収穫体験の後、料理研究家・酒井文子さんによる寺島茄子料理の試食。江戸時代以来のヘタ部分を調理した料理もあり驚きました。そして東京都ブランド豚肉TOKYO-X等のバーベキュー、流しそうめん、焼き芋など心づくしの昼食。星野さんからは、都市農業ならではのご苦労等(近隣の住宅地への配慮等)についても話を聞くことができました。

 最後はJA東京むさし「三鷹緑化センター」を見学した後に三鷹駅で解散。東京の豊かな農に触れることができた一日でした。

 日本のカロリーベース自給率は40%ですが、東京都はわずか1%です。その都市化が進む東京でも、周囲の環境との調和を図りながら、ご苦労をされながら頑張っておられる生産者の方々がおられること、そして、このようなツアーに多くの消費者の方たちが参加され熱心に質問をされている様子を見て、心強く思った次第です。大都会・東京で生産者と消費者の絆づくりができるなら、日本全国、どこででも実現できるのではないでしょうか。

 今回のツアーを受け入れて下さった農家の皆様、主催・協力頂いた関係機関の方々、それに大竹さんに感謝です。

 (詳しくは写真等も含めブログ「フード・マイレージ資料室だより」に掲載しました。)

 

2010年10月10日(日) 平洲先生の辻講釈

細井平洲(ほそいへいしゅう)先生は、享保13(1728)年、尾張国知多郡平島村(現在の愛知県東海市)の裕福な農家の二男として生まれました。幼い頃から学問好きで、名古屋、京都、長崎に遊学した後、24歳で江戸へ出て私塾「嚶鳴館」を開きました。西条(愛媛県)、人吉(熊本県)、尾張等の藩に迎えられたほか、当時14歳の米沢(山形県)藩主・上杉治憲(鷹山)の師となり、後々まで米沢藩改革の土台を築いたことで有名です。

平洲の学問は徹底した「実学」でした。特定の学派や学閥に縛られることなく、世の中の役に立つなら何でも取り入れる柔軟さがありました。また、多くの藩に迎えられる一方、彼の学問の現場はあくまで「市井」でした。江戸の両国橋では道行く人達を相手に辻講釈を行い、尾張では廻村講話(講演会)を行いました。殿様達だけではなく、一般の民衆にとっても平洲の教えは分かりやすく、面白かったといいます。

その平洲に「学、思、行 相まって良となす」という言葉があります。これは、「単に話を聞いて学ぶだけではなく、自ら考え、さらに実行に移すことの三つが揃うことによって、初めて学んだことになる」という意味とのこと、実践を重んじる平洲の思想が端的に表されています。

10月初めに東海市を訪れました。中村靖彦先生が主催される「食材の寺小屋」東海市シリーズの一環です。名鉄・聚楽園駅に降り立つと、目の前には大きな「学思考」の碑、さらには平洲先生の一生を説明したパネル。熱心な参加者の皆さんに集まって頂いた学習会の終了後には、平洲記念館に案内して頂き、館長さんから説明をうかがうこともできました。

平洲先生の教えが今も息づいているこの東海市から、実践的な食育の取組が広がっていくことを期待したいと思います。

 

2010年9月29日(水) 熊本の伝統野菜を支える若い力

 2010925()、熊本市において「ひご野菜セミナリオ秋季特別講座」が開催されました。主催者の「くらし・マイレージ アリアンス」は、野菜ソムリエの資格を持つ主婦の方など女性3人からなる民間の市民団体で、京野菜見学会、ひご野菜料理のフルコースを楽しむ「ビストロプレミアム」等を継続的に開催しており、今回はその一環として呼んで頂いたものです。

 私からは、江戸東京野菜を始め、全国各地で伝統野菜の復活・普及の取組が拡がっていることについて紹介させて頂きました(説明資料)。これら取組は、地産地消の典型であるとともに、地域の歴史や風土、食文化とも密接に結びついており、地域活性化や生物多様性の面でも注目されています。

 京野菜や加賀野菜、江戸東京野菜に比べると「ひご野菜」の知名度はまだ高くはありませんが、熊本ではアリアンスの皆さんを含め、多くの方々がその普及に取り組んでいます。中でも特筆すべきは熊本農業高校(熊農)の生徒たちです。ちなみにこの高校は、2009年に「地域に根ざした食育コンクール」最優秀賞(農林水産大臣賞)を受賞しています。

講座では、熊農の取組を紹介するDVDが放映されました。最初は、生徒達が農家の方と協力し、水に浸かって「水前寺もやし」を収穫する場面。南国熊本とはいえ12月です。農家の方が、若い人に手伝ってもらって元気が出ると話されていたのが印象的でした。

続いて「ひご野菜セット」販売の様子が紹介されました。これは、学校農場等で生産された正月用の野菜を段ボールに詰め、手書きのカードを添えて生徒自らが販売しするものです。ところが、学校に来るお客さんだけでは売れ残りそうになり、生徒達はリヤカーを引いて振り売りに行くことになります。若い女性の先生からは「全部売るまで帰ってきてはダメ」との厳しい言葉。恥ずかしそうに声を上げながら住宅街を回り、そして、ようやく完売して帰ってきた生徒達と、彼ら彼女たちを迎える先生の笑顔、笑顔。ひご野菜が着実に熊本の地に根付きつつあることが伺えるDVDでした。

熊本では、来年4月の新幹線全線開通に向け、ひご野菜を一つの材料に地域活性化を進めていく構想もあるようです。熊農高生を始め、熊本の皆さんの活躍から目を離せません。

 

2010年8月21日(土) さいはら秋そばプロジェクト

池袋のNPO法人エコ・コミュニケーションセンター(ECOM)主催「都市農山漁村交流しごと塾」(第2期入門編)の最終回を、ふと覗いたのは77日のこと。都市と農山漁村にあるそれぞれの資源をつなげるための、自分の働き方、生き方を生み出せる仕事を探すという趣旨のワールドカフェで、年齢、職業もばらばらの参加者がいくつかのグループに分かれてプロジェクトを構想するというものでした。偶然入ったグループの何人かの口から、しきりに「さいはら」「さいはら」という地名が出てきます。聞いてみると山梨県上野原市の西原地区とのこと。様々な人たちが熱心に地域づくりに取り組んでいる「さいはら」の魅力を、ぜひもっと多くの人たちに紹介し、さらには足を運んでもらいたい、ということで、その場でA41枚にメモ書きされたのが「しごと塾さいはら秋そばプロジェクト」。私も成り行きでメンバーの末席に名を連ねたのですが、まあ、構想倒れで終わるのだろうな、と思っていたのが正直なところでした。

ところが、主導的なメンバーの熱意と現地の皆さんの協力のもと、短期間に話は進み、ついに821日(土)にプロジェクトの第1回、「耕起と秋そばの種まき」が実現したのです。参加者は9名、私のようなオヤジや定年退職された方を別にすれば若い世代の男女ばかり。サラリーマンでありながら長野県に移住して週末農業を始められた方も。

この日、地元での受入の窓口になって下さったのはFさんです。西原のご出身で約10年前にUターンされ、今年6月には発足したNPO法人さいはらの理事長に就任されました。この方に、じゃがいも堀と、その跡地の耕起とそば播種といった慣れない作業を指導して頂きました。Kさんという若い女性の移住者の方も手伝って下さいました。地域の人たちを巻き込んで様々なイベントを企画・実施されているそうです。

しかし、何よりも印象に残ったのは「美味しいさいはら」。作業の合間に隣の畑の方から頂いたトマト、生のとうもろこし、ほおずき。交流施設「びりゅう館」(ここのS館長も地域外の方)での昼のそば定食と帰りがけの生ビール。作業終了後にFさん宅で風呂をお借りした後で頂いたFさんの奥様手製の紫蘇ジュース、ネギみそ、なんばん、蒸かしたジャガイモにスイカ。でも最高のご馳走は地元の皆さんの「おもてなし」でした。Fさんご夫妻を始め、地元の皆さんに心から感謝申し上げます。

ちなみに私からは、「さいはら秋そばプロジェクトは地球を救う!?」と題した参考資料を説明させて頂きました。そば打ち体験をする場合、地元産と輸入品とでどれだけ輸送による環境負荷が違うかを計算し、地産地消の意義を示そうとしたものです。

 「さいはら秋そばプロジェクト」は、これからも月1回位のペースで、土寄せ、収穫、そば打ちと続きます。ご関心のある方はお問い合わせ下さい。

 

2010年8月8日(日) フェアトレードと地産地消

 JICA地球広場(渋谷区広尾)で開催された開発教育全国集会に参加して来ました。

 開発教育とは、私たち一人ひとりが、開発をめぐるさまざまな問題(途上国など世界で起こっている貧困や戦争、環境破壊、人権侵害等)を理解し、望ましい開発のあり方を考え、共に生きることのできる地球社会づくりに参加することをねらいとした教育活動とのこと。

 

 今まであまり関わりのなかったこの分野の集会に参加しようと思ったのは、まずは西川潤先生(早稲田大学)の基調講演を聴きたかったから。私事ながら、食料や農業の問題に一生関わっていくことを決めたのは、学生時代に西川先生の「飢えの構造」という著書を読んだためです。

 

 もう1つの理由はフェアトレード。現在、私が携わっている地産地消やフード・マイレージは、なるべく近くでとれたものを食べようという運動論です。食料の長距離輸送に伴う環境負荷の大きさに着目すれば、輸入品のチョコレートは、たとえフェアトレードのものであっても地球のためには食べない方がいい、という結論になります。一方で、フード・マイレージの考え方(世界では一般的には「フードマイルズ」)は、自由貿易を妨げ、途上国の経済発展を妨げるものだとの議論もあります。

これらについてどう整理すればよいかが以前から頭に引っかかっており、つまり、地産地消やフード・マイレージとフェアトレードは、当然ながら相反するものとして私は捉えていたのです。

 

ところが、基調講演に引き続き参加したフェアトレード分科会での議論は、正に「目から鱗」でした(旧知の明石祥子さん(フェアトレードくまもと代表)もパネリストとして参加しておられました)。

 

フェアトレードとは、経済的にも社会的にも弱い立場にある「南」の生産者や労働者に対しより良い(公正な)貿易条件を提供することによって生産者等を支援し、持続可能な発展に貢献することが目的です。

一方、地産地消の目的は、現在のあまりにも離れすぎた食と農の距離を、再び近づけることです。フード・マイレージは、日々の飽食に疑問を感じない多くの日本の消費者に、自分たちの食べものが、どこで誰によって作られ、運ばれてきているかを想像してもらうきっかけを用意するためのツールです。

つまり、まずは自分たちの食べものがどこでどのように作られているかを知り、できるところから実践につなげていくという面では、地産地消とフェアトレードのねらいとするところは全く同じなのです。違うのは、生産者がいる場所が地球の裏側の途上国か、地域(日本国内の農山漁村)であるか、というだけです。現に、フェアトレード先進国の英国では、途上国の商品とあわせ、地域の農産物等の地産地消にも積極的に取り組んでいるとのことです。

 

確かに数字だけみれば、フェアトレードのチョコレートのフード・マイレージは膨大です。しかし、フード・マイレージは一つの見方を紹介するヒントに過ぎません。輸送に伴う環境負荷の大きさは輸送機関によって大きな差があるし、そもそも輸送による部分は食料の生産から消費・廃棄に至るライフサイクル全体の中で排出される環境負荷のごく1部分に過ぎません。地産地消だけで全ての問題が解決するほど、世の中は単純ではありません。

 

近年は、開発教育の分野でも、日本国内の持続可能な農業生産や地産地消が注目されているとのことです。また、開発教育の分野には、子ども達や大人に様々な問題を気付いてもらい実践につなげるための様々なツールやノウハウが蓄積されています。最近、開発協会が作成した学習ツール「地球の食卓」は、世界24カ国30家族の1週間分の食料を並べた写真集と、これらを用いた具体的な学習プランのテキストからなる素晴らしいものです。

 

 今回の集会に参加したことによって、自分の意識の中に新たな地平が拓けたような気がしています。開発教育について色々と教えて頂いた皆さんに感謝します。

 

2010年8月7日(土) 体験して初めて分かること

 「農の未来ネット」の学習会に参加しました。

 NPO法人「農の未来ネット」とは、意欲ある社会人や青年・学生などの農業・農村に興味と意欲を持つ人々を対象に「アグリ・ボラバイト事業」(ボランティアとアルバイト両方の特徴を生かした働き方)を通じ、将来の新規就農者や農業・農村に対する真の理解者・応援団づくりを進めていくことを目的としています。

 学習会も定期的に開催されているそうで、この日は十数名の参加者がテーブルを囲んでのアットホームな雰囲気です。講師は、残留農薬問題の告発等で高名な農民連分析センターの八田純人さん。少し怖い人かなと恐れていましたが、語り口も物静かな優しい感じの方でした。

 その八田さんが自ら持ちこまれた器具や試料を使い、実験しながらの学習会です。これが面白い。コンビニおにぎりのご飯を一かけら、水に浸すと水面に現れる表示義務のない物質とは・・・、ディスカウントショップでの激安米を主食用のふるいにかけると・・・、ペットボトルのジュースに入っているのと同じ量の砂糖を計量スプーンで測ってみると・・・。身近な食べもののことなのに、知らなかったこと、頭でだけ分かったつもりでいたことばかりです。

 特に印象に残ったのがお米の値段の話。生産者のコストを考えれば、消費者は5kg2600円(茶碗134円)程度を負担しなければ引き合わないとのこと。実際に自分が買っている米の値段を思い、色々と考えさせられました。

 講義の後は、フェアビンデン(このNPOは地産地消のお弁当も作っています。)の皆さま心づくしのお料理での懇親会。何と美味しい学習会なのでしょう。でも話を聞いたばかりなのに、この会費では生産者と作って頂いた方のコストを賄っていないのではと心配した次第です。

 

2010年7月23日(金) 美しい島々の物語

 海南(かな)友子監督、”Beautiful Islands” を鑑てきました。

 南太平洋のツバル、世界遺産・ベネチア、アラスカのシシマレフという個性的・対照的な3つの島々に生きる人達の姿が、約2時間、淡々と綴られていきます。地理も歴史的背景も住民の人種もばらばらのこの島々に共通しているのは、気候変動の影響を地球上で最も先鋭的に受けている地域ということ。

 気候変動は、これら島々に固有の問題ではありません。しかし私たちは、地球環境問題の深刻さ、重要性を、頭では、理屈では分かっていても、それは自分の住んでいるところから遠く離れた所で起こっていること、ニュースとして映像で見るものであって、なかなか実感することはできません。

 島々の人たちの表情は総じて明るく、毎日を楽しんでおり、悲壮感は感じられません。ツバルの子どもたちは、競うように家から水に飛び込み、亀と戯れて遊んでいます。でも映像は、家から直接飛び込めるほど海面が上昇してきていることを示しているのです。美しい砂浜の沖合には水の中に横たわる椰子の木。映画は、押しつけがましい解説もBGMもなく、ストイックなまでに「ありのままの島のくらし」を観客の前に提示し続けます。「頭でわかっているだけでなく、心で感じることが何より大切」、映画館でもらった海南監督のメッセージにはこうありました。

 

 本当に素晴らしい映画で、一人でも多くの方に観てもらいたいと思います。ただ、ツバルの小学校の授業での先生の説明、温暖化により氷が溶けて海面が上昇し海に沈んでしまう、という筋立ては、やや乱暴と言わざるを得ません。海面上昇の予測値自体、かつてアル・ゴアの映画では6mと言っていたのが最近のIPCC報告等では下方修正が続いています。もともと珊瑚礁からなるツバルは浸食に弱く、人口増加により低湿地に居住するようになったこと、生活排水による汚染も問題になっているという事情もあるようで、すべてを気候変動に結びつけるのはやや短絡的です。

 一方、温暖化により珊瑚の白化が進み浸食が起きやすくなっている可能性も指摘されており、気候変動と全く関係がない訳でもありません。ツバルが地球上で最も脆弱な地域の一つであることは紛れもない事実です。温暖化に関しては複雑な要因が絡み、先端科学の世界でも単純に割り切れないことを肝に銘じ、心で感じることとは別に、冷静で地道な議論も必要だと思います。

 

 ところで海南監督は、海面上昇を身近に感じるためのアプリ「水没カメラ」まで開発してしまいました。iphoneで身近な風景を撮影すると、その大切な場所が水没している写真を見ることができるという仕掛けです。自宅や職場が水に浸かった写真を見た時は、正直、息を飲みました。気候変動を身近な問題としてバーチャルに体験できる、面白くも優れたツールです。

http://www.beautiful-i.tv/news/index.php?e=33

http://bi.mapping.jp/

 

2010年7月12日(月) マエキタミヤコさんとHIKESHI 

マエキタさんを肩書き的に紹介すると、コピーライター、クリエイティブディレクター、「サステナ」代表。「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表・幹事。東京外国大助教、立教大学と上智大学の非常勤講師。

携わっておられる大地を守る会の「フードマイレージ」キャンペーンのウエブサイトは、アニメーションを多用し、デザイン的にも内容的にも充実しており、かつ、おしゃれで、トン・キロメートルや二酸化炭素排出量○グラムといった耳触りのよくない言葉を素敵にpoco(ポコ)と命名したり。

マエキタさんの主張は「チャーミングに世界を変える」。日本の食は色々と深刻な問題を抱えていますが、例えば私のようなオヤジが眉間にしわを寄せて白髪を振り乱して難しい理屈を並べても、暑苦しいばかりで、残念ながら解決の糸口にはなりません。まずは、いかに一般の消費者に、普通の人たちに興味を持ってもらえるか。理解してもらい実践につなげてもらうのはその先です。きっかけ作りのためのチャーミングなデザインや広告(プロパガンダではなくアド)の持つ大きな力を、マエキタさんに教えてもらっています。

そのマエキタさん、日本の食のためにますます活躍して頂きたいのですが、活動の範囲はそれだけにとどまっていません。例えば「ほっとけない 世界のまずしさ」キャンペーンに携わったり、東京外国語大・伊勢崎賢治教授(このトランペット奏者の方のキャリアがまたすごい。)とのジャズユニット・Jazz HIKESHIで、本気で世界の紛争の火種消しに奔走したり・・・。

この週末、2週続けてそのライブに行ってきました。途上国の貧困や内線、北朝鮮の拉致問題など深刻な問題が正面から取り上げられ、どちらの会場も若い人を中心に盛況でした。

それに比べると、この平和呆けした飽食ニッポンの中で、自給率や地産地消やフード・マイレージの問題なんて、何と生ぬるいことかと、やや自己嫌悪気味です。

 

2010年7月4日(日) 仰臥慢録

明治16(1883年に上京、俳句・短歌の革新運動に身を捧げていた正岡子規は結核に冒され何度か喀血、ついには寝たきりの生活を強いられます。

その病床で子規は多くの優れた随筆や日記文学を残しました。その一つ「仰臥漫録」は、他人に見せることを想定していない私的な日誌であり、子規の心情が赤裸々に吐露され、また、写実派らしく日々の出来事が詳細に記録されています。

例えば明治34(1901)年9 24 日には、子規は次のようなものを食べています。大変な健啖家です。

 

[朝]ご飯3椀、佃煮、奈良漬、牛乳ココア入り、餅菓子、塩せんべい

[昼]粥3椀、かじきの刺身、芋、奈良漬

[間食]餅菓子、牛乳ココア入り、ぼたもち、菓子パン、塩せんべい

[夕]粥3椀、生鮭照焼、ふし豆、奈良漬、ぶどう

 

この頃の子規は、既に自分では寝返りも打てず、背中や腰の穴から膿が流れ出し、激痛に耐えられない時はひたすら「絶叫、号泣」するしかなく、苦痛の余り小刀を手に取ったことさえあったそうです。そのような生活の中で、子規に残された唯一の楽しみは「うまい物を食ふ」ことでした。日々の献立の詳細な記録には、残りわずかな生への、子規の強い執着が込められています。

子規は弟子に対して「富も名誉も一国の元気も、みな御馳走の中から湧き出る」と語ってもいます。病苦の中、34 歳で永眠するまでしっかりと仰向けになって(仰臥して)上を見続けていた子規は、食べることの大切さと喜びを、後世の私たちにも伝えてくれていねのです。

さて、子規と比べるべくもありませんが、せめてあやかりつつ、うつ伏せになって(伏臥して)雑念をめぐらしているのが、この雑記帳(伏臥慢録)です。

 

20106月22日(火) 「点と線」から

 先週の619日(土)は、北九州市主催「食育月間講演会−私たちの食について考えよう−」に呼んで頂き参加して来ました。前半は私から「食と農の現状と課題」について説明し(「関係資料」5に掲載)、フード・マイレージに関しては、市のU係長から、自ら食材を調達し作った献立に即し、二酸化炭素排出量等を計算されたものを発表して頂きました。参加者の皆様にもフード・マイレージを身近に感じて頂けたと思います。ありがとうございました。[イメージキャラクター:食育スマッキー]

 後半は、北九州市食育推進ネットワークに登録されている方々からの報告会でした。保育士会、歯科医師会(小倉、若松)、食生活改善推進員協議会、消費者団体連絡会の皆様から、日頃の活動内容について豊富な写真等を使って発表がなされ、会場と意見交換が行われました。特色ある様々な取組の報告を拝聴していて、この地における食育が着実に広がりつつあることを実感しました。

 「食」とは、言うまでもなく一日たりとも欠かせない重要なものですが、同時に極めて個人的な営みでもあります。今日、何を食べるかは、あくまで個人(あるいは家族)が決めることです。したがって、食育の主役は、家庭を別にすれば、地域に根ざして様々な観点から取り組んでいる民間の保育園や学校、団体、企業等なのです。北九州市では、昨年、素晴らしい食育推進基本計画を策定されましたが、国や行政にできることは、指針を作り必要な情報を提供するとともに、この日のような連携の場作りといった、言わば黒子、せいぜいコーディネータの役割だけかも知れません。しかしこれが重要です。食育は極めて幅が広く、多くの方々がそれぞれ熱心に取り組んでいますが、それが点のまま、あるいは線になっただけでは、社会への影響力は限られています。市の事務局の皆さんの熱意により、この地における食育が「点と線」から、さらにネットワークへと広がっていくことを期待したいと思います。ちなみに松本清張氏は北九州市の出身、昨年は生誕100年だったそうです。

 ところで会場脇のロビーでは、いくつかの団体によるパネル展示もあり、その中には九州農政局福岡農政事務所も出展させて頂いていました。この食育担当者も、口蹄疫の消毒作業の応援で宮崎に派遣されていたとのこと。折しも梅雨前線の影響で現地はさらに苦労されている様子、改めて一日も早い終息を祈るのみです。


 

20106月17日(木) 食の砂漠

 今日は、農林水産政策研究所で開催された「フードデザート」に関するセミナーを聴講してきました。近年、郊外型の大規模ショッピングモール等が各地にでき、昔ながらの中心商店街の空洞化が進んだ結果、車を持てない(運転できない)高齢者や所得の低い人々が近所で食品を買えないような地域が増えています。このような地域が「フードデザート(食の砂漠)」で、日本ではまだ耳新しい言葉ですが、イギリスではかねてより政府主導の下で研究や対策が進められているとのことです。セミナーでは、茨城キリスト教大学の岩間信之先生から、イギリスの事例とともに日本国内でのご自身の研究成果について興味深いご報告がありました。水戸市の事例では、商店の郊外化に伴いフードデザートが広がっていることが地図上で如実に表されていました。これら研究成果等は先生のホームページで詳しく紹介されています。

http://www.hpmix.com/home/inob1012/T1.htm

 フードデザート研究は、社会的弱者の健康面や地域コミュニティの活性化など社会学的な視点が中心のようですが、考えてみると、今まで徒歩や自転車で買い物に行っていたのが郊外に自家用車で行くようになると、環境負荷も相当大きくなるのではないでしょうか。コンパクトシティづくりとも関連して、今後、環境負荷の低減という視点から勉強していきたいテーマです。

 

20106月15日(火) 中村医師の情熱 

 大田区蒲田で中村哲さんの講演を聞いてきました。

ペシャワール会現地代表の中村医師といえば、アフガニスタンにおいて本業の医療のみならず、井戸掘りや用水路建設等に文字通り身命を賭している方として、多くのマスコミにも取り上げられています。単身、戦火の地で復興事業の先頭に立たれるとは、どんなにバイタリティ溢れる方かと思っていると、ステージに出てこられた中村医師は、小柄で、話し方も訥々としておられることに少々驚きました。アフガンの風景を映写しつつ始まった講演は、そのあまりにも偉大な功績に似合わず、もちろんそれを誇るようなそぶりは一切見せられず、また、部下の日本人ワーカーを亡くすという惨劇を経験されたにも関わらず、淡々と進み、感情的に大きく盛り上がるということもなく、終了しました。

 講演後の質疑応答で、会場の若い男性から「先生の活動の原動力は何ですか」と聞かれた中村医師、「古い言葉だけど、ここで引いたら男がすたる、と思った。現実に困っている人がいて、自分にできることがあるにも関わらず、それをしないのでは気持ちが悪かった」と、誠実な人柄そのままに答えられていたのが印象的でした。そうなのです。声高に叫ぶことが世の中を変えるわけではないのです。他にも多くの有名ではない(マスコミ等では取り上げられない)方たちが、世界中で、日本の中でも、献身的に活動されているのです。

 澤地久枝さん(当日も講演前に挨拶されました。)が聞き手になった「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る」(2010.2、岩波書店)は、中村医師の秘めた熱い思いを澤地さんの筆が迫力をもって引き出しており、さらに、それを引き出そうと生い立ちから体重まで聞き洩らさない澤地さんの気迫も感じられる、素晴らしい一冊です。

 

20106月4日(金) 観客 

映画「ミツバチの羽音と地球の回転」を観ました。山口県祝島の人たちの「反原発」の闘いと先進国・スウェーデンの様子がコントラスト鮮やかに描かれているドキュメンタリーです。

特に印象的だったのは、埋立てを阻止しようとデモを繰り広げる島民たちに、電力会社の社員が船の上から拡声器で「対話」を試みるシーン。「一次産業だけで食べていけるはずがない」。これに対し、ひじきやビワ、食品残さで放し飼いの養豚等で食べているオバチャンやオジチャン、Uターンの若いお父さん・孝君たちは体を張って抵抗します。別の場面では、上京して経済産業省の若い課長補佐を吊るし上げにもします。これらの殺伐としたシーンと対照的に描かれる、島の自然の恵みの豊かさと、その中で漁業や農業に携わる人たちの姿の美しさ、たくましさが、心に沁み入ります。上映後の鎌仲ひとみ監督の舞台挨拶には、観客から大きな拍手が送られました。面白く、ぜひ多くの方に観てもらいたい映画です。

でも正直、観ている間、ある種の違和感というか、居心地の悪さがずっと消えませんでした。つまり、孝君やオバチャンたちの命をかけたドキュメンタリー・ドラマを、私は観客として、エアコンの効いた新宿のホールで観ているのです。都会に住む私たちが便利で快適な生活を求め続ける限り、原発は「必要悪」として存続していかざるを得ない面があるのではないでしょうか。ひとつの地方でのドラマは、実は日本人全体の現在のライフスタイルを反映したものなのです。

ホールを出ると22時近く、祝島のオバチャン達の多くは眠りについているであろうこの時刻、煌々とした光に彩られた不夜城・新宿の街に、ぽつりぽつりと雨が降り始めました。

 

20105月27日(木) がんばれタッチー

 今日は横浜市栄区の「さかえCO-DO(コード)30推進協議会」で、「私たちの食と農の現状と課題−フード・マイレージから考える」とのタイトルで説明をさせて頂きました。「CO-DO30」とは、2025年までに温室効果ガスを30%減らすという、意欲的な横浜市の脱温暖化行動方針です。栄区の協議会は、自治会など住民組織、学校、事業者、行政機関等の代表60名以上から構成され、この日は、昨年度からのキャンドルナイトや緑のカーテン作戦に加え、今年度は新たにエコクッキング講座や地産地消イベントへの参加等の事業計画について審議・決定がなされました。いわゆる「シャンシャン」の会合ではなく、参加者からしっかりとした、かつ前向きな意見や提案が出されていたのが印象的でした。

 神奈川県の食料自給率はわずか3%に過ぎませんが、都市化が進んだこの地においても、地産地消を含めて積極的に取り組んでおられることを知り、大変、心強く感じました。関係者の皆様の、地域における活動の広がりに期待したいと思います。

 最後に、私を呼んで頂く企画を立てられた担当のNさん、雰囲気が少し「タッチー」(注)に似ていると言うと女性に失礼かもしれませんが、大変お世話になりました。帰りに本郷台駅まで乗せて頂いたプラグイン・ハイブリッド車(電気自動車)も、エヴァンゲリオンみたいで格好良かったです!

 

(注)タッチーとは、いたち川に由来する地球温暖化対策のマスコット。絵本のストーリーとロゴマークは小学生の作品とのこと。ほのぼのとして素晴らしいです。

http://www.city.yokohama.jp/me/sakae/kusei/co-do30/logo_story.html


20105月21日(金) キムラさん

 今夜は飲み会があって最寄りの駅まで帰ってきたのは22時過ぎ、どうも飲むと食べ足りない気がすることが多いのですが、ちょうど目の前に牛丼チェーンM屋。ここのカレーは以前からファンで、気がつくとふらふらと引き込まれていました。

遅い時間でしたがサラリーマンや学生風など多くの人で賑わっています。自動販売機でチケットを買って席に着くと、すぐに4050歳代とお見受けするオバチャンが水を持ってきてくれました。名札には「キムラ」とカタカナなのもファストフード風。従業員は若い学生アルバイト風のオニイチャンとの2人だけで、調理や応接などてきぱきとこなしています。「お持ち帰り」を待っている人もいます。遅い時間になかなかの重労働です。

 ファストフードについては、食育の観点から色々と批判されることもありますが、お陰で私たちは夜中でも暖かい食事を安い値段で取ることができるのです。やはり私たちの社会は恵まれ、豊かなのです。

 酔っ払った頭でこんなことを考えている内に食事も終わり、席を立とうとしてちょっと緊張しました。キムラさんは忙しく立ち回っていて、ひとこと声をかけるタイミングがなかなかありません。目の前を通られる際をねらって遠慮がちに「ごちそうさま」と言うと、ちゃんと「有難うございました」と返ってきました。この応対もマニュアル通りなのかも知れませんが、ほっとしました。

 最終のバスに飛び乗って、もう一度、心の中で言いました。「キムラさん、ごちそうさま。ありがとう」。

 

2010516日(日) 大竹道茂さん

 気持ちのいい快晴。小金井市で開催された「雑学大学」に参加し、約2時間、大竹道茂さんの熱のこもった講演をお聞きしてきました。江戸東京・伝統野菜の復活と普及をライフワークに活動されている方です。

http://edoyasai.sblo.jp/

 大竹さんの活動は、次の2点で非常にユニークかつ先進的です。

 一つは、わずか食料自給率1%に過ぎない大都会・東京において、江戸東京野菜の復活・普及を通じ、物語(伝統と文化)と不可分な農業の価値を改めて多くの人に気付かせてくれていること。もう一つは、農業関係者だけではなく、幼稚園や小学校、大学、料理店など、極めて多彩な関係者のネットワークの下、食育や街づくりの一環として取組みが広がり、結果として確実に農業生産が拡大し、農地も維持されているということです。小金井市も江戸東京野菜を核とした商店街振興等に取り組まれている地域の一つです。

 農業の価値や大事さ(言葉で書くと軽薄ですが。)を、多くの人が忘れかけているようなこの国で、まさに都市化の最先端・シンボルである大東京を舞台にした大竹さんの取組みが確実に広がっていることに、心励まされた一日でした。

 

2010514日(金) 吉田俊道さん

 長崎県佐世保市を拠点に「生ごみリサイクル元気野菜作り」という体験活動を各地で広められている吉田俊道さんという方がおられます。約5年前になりますが、九州農政局(熊本市)在勤中、初めて吉田さんの講演を聞く機会がありました。正直、そのタイトルから、単に生ごみで野菜を作るノウハウお話かと大きな期待はしてなかったのですがさにあらず、自然界の循環と共生の本質を知り生き方を見直そうという文明論的なスケールの大きなお話。しかもしっかりと実践と経験に根ざした話に、衝撃を受けたことを昨日のように覚えています。早速、ご無理を言って九州地域食育推進協議会の委員に就任して頂きました。吉田さんは、NPO法人「大地といのちの会」の代表も務めておられます。

 http://www13.ocn.ne.jp/~k.nakao/

 

 吉田さんの活動の中心は幼稚園等での体験学習の指導です。その活動の範囲はどんどん広がっており、今日の夕方には東京・目白で子育て中の若いお母さんたちを相手に約2時間、膝詰めで熱く訴えられました。久しぶりにお会いした吉田さんは、以前にも増してパワーアップしており、私自身も多くの元気を頂きました。吉田さんの力は、確実に世の中を変えていっています。ますますのご活躍をお祈りしています。

 

2010513日(木) 2つの会合

 今日は2つの印象的な会合に参加しました。

午前10時から、東京・茗荷谷のパルシステム連合会事務所で「フードマイレージ・プロジェクト」運営委員会が開催されました。

昨年9月に発足したこのプロジェクトは、大地を守る会、パルシステム、生活クラブ、グリーンコープの4団体が、「フードマイレージ」が短い国産のものを食べることを180万世帯の各団体会員や社会へ呼びかけ自給率向上をめざそうというものです。

http://www.food-mileage-project.com/main.html

 

大豆や小麦など日常的によく食べるにも関わらず自給率が低い2000近い商品について、国産を選択することにより減らすことができたCO2の量は4月までの累計で約2億ポコ、実に約2万トンが削減されたという実績が報告されました。

一方、ポコの算出方法等については細部にわたって議論され、実際の商品に即して事業として取り組むことの困難さに改めて気づかされました。関係者の皆様のご努力に頭が下がるとともに、今後の可能性に対する期待に大きく胸がふくらむ会合でした。

 

 夜には、渋谷のレストランで催された「食材の寺子屋」5周年の「語り合う会」に参加させて頂きました。食材の寺子屋とは、NPO法人「良い食材を伝える会」代表理事で元NHK解説委員の中村靖彦さんが、現代の食と農のきちんとした情報を発信することを目的に始められたものです。

http://www.yoishoku.com/

 5年間の講座数135、参加者は7000名近くに及ぶとのこと、講師陣は中村塾長の人脈により日本の食育界を代表される素晴らしい方々ばかりです。この日の出席者も錚々たる面々で、私自身も以前にお世話になった何人かの方と再会できました。寺子屋を「長年の夢だった」とされる中村塾長、塾を支えてこられたボランティアの皆さんを紹介された後の最後の挨拶は、誠実なお人柄が滲み出たもので心にずしりと響き、私自身も微力ながら協力できるところはさせて頂きたいと心を新たにしました。

 

 

2010年5月11日(火) 新聞から

 本日付けの日本経済新聞から雑感的に。

 

 やはり心配なのは宮崎県の口蹄疫。感染の見つかった農場数は増えていますが、何とかこのまま地域的に封じ込められることを祈るしかありません。大事に育ててきた牛や豚を殺処分する農家の皆様の無念さを思うと、言葉もありません。

ただ、口蹄疫はあくまで家畜の伝染病で、仮に感染した家畜の肉を食べても人にうつることはない(実際には出荷もされていません)という意味で「食の安全」の問題とは違います。この点は多くの消費者も理解していただいているようで、2004年に鳥インフルエンザ(これも家畜伝染病です。)が国内発生した時のような混乱はみられないことは救いです。食肉の供給にも大きな影響は無いようです。

今後、感染経路の特定等が重要になってきますが、この問題の背景には、日本の畜産の飼料自給率は26%(2008年)に過ぎないという事情があります。家畜衛生の面からも、なるべく国内の飼料(飼料米も含め。)で生産できるようにしていくことが求められます。

 

商品面には「中国のトウモロコシ自給策」との記事。すでに大豆の大輸入国に転じた中国が、トウモロコシでも輸入国に変わるのは時間の問題と言われ続けながら、今年度もわずかながら輸出超過とのこと。興味深いのはその要因分析で、1つは貴重な農地の利用は食用のコメや畜産飼料を優先していること、2つは国際市場での大量買い付けは国際価格高騰につながり、アフリカ戦略(資源外交)に支障が出ること等。いずれにせよ、急速な経済発展を続ける人口超大国・中国の動向(思惑)次第で、穀物の国際価格は大きく変動するという現実に改めて気付かされました。

関連して、日本のある大手商社がフランス産穀物の中近東・アフリカ向け輸出に新規参入するとの記事も。目ざとい商社が新規参入するということは、中近東やアフリカでも穀物需要は確実に拡大しており、今後も拡大が見込まれていることの証左でしょう。

さて私たちは、これからも食料の多く(現在は6割)を海外に依存し続けて大丈夫なのでしょうか。

 

社会面には「長寿大国日本、単独首位の座失う」との記事。まだ最長ながらサンマリノに並ばれたとのことですが、かつて国内最長寿だった沖縄の平均寿命が26位に転落(2000年、男性)した背景に食生活の過度の欧米化があったことを思うと、日本も今の食生活のままでは問題が多いのでは・・・。

一方で明るいニュースもありました。消費面にはコンビニ等で魚総菜の人気が高まっているとの記事、「魚離れ」が止まる兆しではと期待されます。企業面には、いくつかの外食産業が共同で食品ごみの本格的な再利用に乗り出すとの記事。生ごみを堆肥化して自社農場で使い、とれた野菜を居酒屋で提供するというもので、飲みに行く店を選ぶときには、安くておいしいだけではなく、こういった店に行きたいものです。

 

食をめぐる記事が、主なものだけでも1日の新聞にこんなに掲載されていました。

  

   霞が関・農水省屋上の菜園。というかあまり手入れの良くないプランターの群れ。わが国の喫緊の課題である食料自給率の向上には、当然ながら、何ら貢献していません。(2010.12/11)

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