表面的な数字に惑わされないように

先週の土曜日は、山梨県上野原市の西原を訪ねてきました。8月21日の記事にも書いた「さいはら秋そばプロジェクト」の今年最後のイベントです。収穫し軒先に干してあった蕎麦を木槌で叩き、「とうみ」を使って選別作業。いつもながら、地元の「NPOさいはら」の皆さんにお世話になりました (拙ブログでも紹介しています)。

典型的な中山間地域で農地も少なく、過疎と高齢化が進むこの地域に、東京や横浜の若い男女が約10人ほど、何かを求めて集まりました。私のような中高年は少数派です。彼がさいはらを訪ねる目的は何なのでしょうか。逆にいえば、彼らを引き付けるさいはらの魅力とは何なのでしょうか。

おりしもTPP(環太平洋経済連携協定)をめぐって、日本の農業と農村のあり方が議論されています。多くの議論がなされることはいいことですが、残念ながら、皮相的な見方も多いことは前回(11月3日)も書きました。改めて個人的に、改めて以下のように論点整理してみました(さいたま市の協同研で資料も配布させていただきました)。

○「大嘘だらけの食料自給率」?

総合食料自給率について、意図的に低い方のカロリーベース(40%)だけ用いているとの批判がありますが、国の基本計画等では生産額ベース(70%)の数字も併用しています。ちなみに生産額が最も多い部門は畜産ですが、7割以上の飼料は輸入に依存しています。そもそも生命を支えるのは食料の重さでも値段でもなく栄養(エネルギー)ですから、カロリーベースの自給率も重要な指標と考えます。

また、カロリーベースの自給率は日本(の農林水産省)のみが計算しており国際比較には馴染まない、との批判もあります。一般的に国際比較等に用いられるのは重量ベースで計算できる穀物自給率ですが、日本のそれは28%と、世界の177の国・地域中124番目(OECD加盟30か国中27番目)と、一層低いものとなります。ちなみに飼料を除外して主食用穀物の自給率を計算しても、日本は58%と、やはり低い水準にとどまります。

○「日本は世界第5位の農業大国」?

確かに農林水産業の生産額を比較すると、日本は中国、インド、アメリカ、ブラジルに次いで第5位であるのは事実です。しかし、先進国の場合GDPに占める農林水産業のシェアはいずれの国も1~2%程度です。日本のGDPは世界第2位(中国に抜かれると言われていますが)であることと考え合わせると、第5位だから農業大国、というのは短絡的と言わざるを得ません。

ちなみにアメリカにおける農林水産業のシェアは0.9%に過ぎませんが、0.9%のために残りの99.1%を犠牲にすべきでない、といった議論をするアメリカ人は誰もいないでしょう。

○「世界最大の食料輸入国」の嘘?

確かに農産物の輸入額だけ取り上げると、日本は460億ドルとアメリカ、ドイツ、イギリス、中国より少ないことは事実です。しかし、他の国は農産物を輸入もしながら輸出もしています。得意な品目は輸出しつつそうでない品目は輸入しているのです。アメリカは世界最大の農産物輸入国ですが、それ以上の輸出をしています。ところが唯一日本のみは、輸入額は相当多いにも関わらず輸出額はわずか23億ドルにとどまっています。つまり、日本の農産物貿易は、輸入に比べ輸出がほとんどないという、世界的に見ても極めていびつな構造になっているのです。輸入額から輸出額を差し引いた「純輸入額」でみると日本はダントツの世界一、間違いなく世界最大の食料輸入国と言えます。

○自由化は日本農業の体質強化につながる?

2009年の主業農家1戸当たり平均の農地面積は5.1ha(1995年は3.2ha)と、日本農業の規模拡大は着実に進みつつあります。とはいえ、EUの14haはともかく、アメリカの200ha、オーストラリアの3000haと比較すると、極めて大きな格差があります。もちろん国際競争力の源泉はコストだけではなく品質も重要ですが、単純に自由化さえすれば規模拡大が進み競争力が強化される、というシナリオは、土地利用型農業については非現実的と言わざるを得ません。

○TPPは関税の完全撤廃が前提?

TPPの詳細は今後の交渉次第であり不明な点も多いですが、巷間言われているような関税の完全撤廃はありえないのでは。例えば既存のFTA(自由貿易協定)における農産品の自由化率(関税品目数ベース)をみると、アメリカは、競争力が勝るメキシコに対しては撤廃していますが、競争力が劣るオーストラリアに対しては、砂糖、一部の乳製品など、関税品目ベースで20%の品目は関税撤廃から除外しているとのことです。つまり、仮に関税撤廃が前提のTPPなど、アメリカも参加は不可能と思われます。TPPの議論は、そもそも前提から思い込みで始まっている懸念はないのでしょうか。

○アメリカ農業の「攻撃的な保護」

そもそもアメリカ農業は、国際競争力があるからアメリカが世界最大の農産物輸出国になっているわけではありません。砂糖や乳製品、牛肉などはオーストラリアに対して競争力は劣っていますし、米についても、アジアの途上国に比べれば高コストです。にも拘わらずアメリカが大輸出国となっている理由は、様々な名目で(エネルギー予算までつぎ込んで)政府が補助しているためです。農家にとっては仮に安くしか売れなくても所得補填があるので、どんどん増産し海外に安く販売することができるのです。これはWTOが禁じているはずの実質的な輸出補助金であり、元東京大学の荏開津先生は「攻撃的な保護」と言われています。

○豊かな未来の食に向けて、

現在の私たちは、表面的な数字等に踊らされることなく、しっかりと考えなければならないことがあります。

まず、世界の食料需給は中国等の経済発展に伴い逼迫基調にあることです。毎年のように天候不順に襲われるなど供給面での不安も高まっています。それに、そもそも世界には10億人近い飢餓人口がいるということ。その中で私たち日本人は大量の食料を廃棄しているということ。国内でも、限界集落やフードデザートの問題など、地域社会やコミュニティは危機に瀕しています。

さて、そのような中で、明日から何を食べましょうか。それは、私たち自身の選択に委ねられているのです。

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