災害は真っただ中

7月5日(火)、下北沢で開催されたNPO法人懐かしい未来主催「飯舘村からの報告」。

 この日の報告者は飯舘村の酪農家、長谷川健一さん。飯舘村は4月11日に計画的避難区域に指定され、ほとんどの村民が避難したが、長谷川さんは「見回り隊」の一人として村に住み続けておられるそうです。村には11戸の酪農家がいたが、全ての牛はと畜場に送られる等して、今は1頭も残っていないとのこと。
 この間、隣接する相馬市では友人でもある酪農家の方が自ら命を絶たれ、また、家畜の殺処分が指導されている20km圏内では、実際には多くが飢えで死んでいるなどの状況の報告も。

長谷川さんの話からは、狭い日本の中で実際に起こっているこのような現実を、絶対に風化させないという強い決意が伝わってきました。今回、一緒に参加された田中さんという若い酪農家の方からは「このような会合で伝えて満足、聞いて満足ということで終わらせるのではなく、その後の行動にどうつなげていくかが大事」との発言があり、大きな拍手が起こりました。

翌6日(水)には、先日訪問した際に知り合った南相馬の果樹農家兼消防団長、内田雅人さんからビワが届きました。Uさんには、梨ができたら送って下さいとお願いしていたところ、自家用だけれどもよかったら、ということで送って下さったものです。大きくみずみずしく、美味しく賞味させて頂きました。
先週観た映画「ミツバチの羽音と地球の回転」に出てきた祝島のビワ農栽培のシーンを思い出しました。

6日午後は久しぶりに松戸の千葉大学へ。駅から大学への道沿いに「畑直組」という野菜の直売所があります。地域の若い後継者の皆さんが中心になって立ち上げた店で、立ち寄って店長さんに話を聞くと、売り上げは原発事故以降、落ち込んだままとのこと。検査して規制値以下であることは確認しているそうですが、最近、千葉県の一部地域が「ホットスポット」として知られるようになった影響もあるようです。

8日(金)夜は、すっかり馴染みになった神田「なみへい」で開催された「呑みマス!東北」イベント。なみへいに集う有志メンバーで立ち上げた、東日本大震災の復興を日本酒で支援する「飲みマス!日本」プロジェクトの主催です。

この日はゲストは福島県喜多方市の小原酒造の女将さん。モーツァルトを聴かせて育てた音楽酒で有名な蔵ですが、震災の直接的な被害は大きくなかった喜多方も、観光客が減少するなど影響が出ているそうです。
この日は小原酒造さんの「蔵粋(くらしっく)」始め各銘柄を呑み比べさせて頂きました。驚いたのは最初に出して頂いた発泡日本酒「桜ピチピチ」。桃色酵母で仕込んだ美しく芳醇なお酒です。

ところで、この日、偶然同席させて頂いたのがIさんご夫妻。

 お二人とも明るく楽しい方で話が弾んでいましたが、ご主人は岩手県のご出身、東京に本社がある環境技術関連の会社を営んでおられるそうで、釜石にあった事業所は津波で被災し跡形もないといったことも、さりげなく教えて頂きました。
 そのIさんから、大変貴重な贈り物を頂きました。
 今回の震災で被災した益子焼の窯で、わずかに残った湯呑の一つ、幸運の焼き物とのことです。名刺をご覧になり、これからは農業がますます大事だから、と頂けることになったようです。いささか重たく感じましたが、有難く、しっかりとお受け取りすることとしました。
 大事にします。
 10日(日)午後は、渋谷の國學院大學で開催された公開シンポジウム「日本再生のみちすじと世界のこれから」を聴講してきました。
 日本大教授で「飯舘村後方支援チーム」代表でもある糸長浩司先生からは、災害の真っただ中にある飯舘村の現状と、「までいな避難村(分村)」と、ネットワーク構築に向けての提言がなされました。
 未来バンクの田中優さんからは、社会を変えていくためには、意識のある人が先に進むだけではなく、後ろ側にいる99%の一般の人にアプローチしていくことが重要である等の話がありました。
 その他、島崎隆先生(一橋大)による共存・共生型の人間・自然・社会像模索についての講演、古沢広祐先生(國學院大)、尾関周二 (東京農工大)の司会による全体討論がなされました。
 このような中、南相馬市から出荷された肉用牛から放射性セシウム検出とのニュース。福島原発事故の最終処理には数十年がかかるとの見方も。一方で定期点検が終了した原発の運転再開に向けての数々の混乱。
 避難を強いられている方を始め、今も多くの方が非日常の中にあります。そして、その状況が終息する目処は立っていません。これが日本の現実です。