柳久保小麦-東京の伝統品種

 東久留米市柳窪というところに、柳久保天神社という小さな社があります。
 すぐ前を黒目川のせせらぎが流れ、平地林や農地も残り、新青梅街道の近くながらほっとさせられる一画です。
その境内には「柳久保小麦」の説明板があります。そこにはこのように書かれています。
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「柳久保小麦は、嘉永4年(1851)、柳窪の奥住又右衛門が旅先から持ち帰った一穂の麦から生まれたと言われ、うどん用として大変人気があり、また草丈が長いため「わら屋根」にも利用され、東京各地や神奈川県などで広く栽培されました。しかし、昭和17年で姿を消してしまい、現在は農水省の研究所に種が保管されています。」
 草丈が長いということは、風や雨で倒れやすく、手間がかかり収量も低くなってしまうため、戦時の食糧増産が叫ばれる中、効率的な品種にとって代わられたということのようです。
 さらに、戦後から経済の高度成長期にかけて小麦の消費量は大きく増えましたが、需要のほとんどは海外からの輸入小麦に依存し、今や小麦の自給率は9%に過ぎません。輸入品の方が安価で品質も安定しているためで、東京近郊の伝統品種など、完全に「幻の小麦」として忘れ去られてしまったかのようでした。
 ところが物語は終わっていなかったのです。
 又右衛門の子孫の方が、昭和の終わり頃に研究所から種を譲り受け、細々と復活に向けて栽培をされていたのです。それが2002年頃から街おこしの一環として注目され、現在は市民有志によって栽培や加工の取組が広がっているとのこと。うどん、かりんとう等は地域特産品として人気を呼んでいることが、新聞の地域版や地元広報誌等でも紹介されています。
 ネットで、柳久保小麦を使ったうどんを食べさせてくれる店を発見。
 3連休中日の10月9日(日)の昼、早速、東久留米市前沢にある「不動」といううどん屋さんに行ってきました。住宅地の中、狭い路地が入り組んでおり、近くに行ってから少々迷いましたが、ようやく小ぶりな店を見つけました。
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 ご夫婦2人だけで経営されているようです。壁には柳久保小麦の由来を記したポスター等とともに、品書には念願の「柳久保小麦使用」との文字。
 メニューは柳久保小麦を使ったもの、北海道産小麦を使ったもの、両者混合のうどん3種類のみ。つけ汁は肉入りか無しかを選べます。サイドメニューに天ぷらがあります。
 柳久保うどんの肉入り大もり、それと天ぷらをお願いしました。
 見た目は、手打ちで「耳」と呼ばれる端の太い部分も入っているなど不揃い、色はブラウンがかっています。まず麺だけ頂いてみると、食感は固めでもちもち、小麦の香りが喉に広がります。次に冷たい麺を暖かい汁につけて啜ると、肉汁のうまみが淡白な麺の味に絡んでたまりません。揚げたての旬の野菜と竹輪の天ぷらは、さくさくパリパリと香ばしく、あっという間に胃袋の中に。
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 一般的な讃岐うどんチェーン等で頂くような、色は真っ白、食感はシコシコつるつるのうどんとは、だいぶ様子が異なります。
 もう一つ違うのは値段。ちなみにこのお店では、肉なし600円、肉汁650円、大盛は200円増し、天ぷらは120円。私が頂いた肉入り大盛り天ぷら付きのフルバージョンだと970円で、チェーン店では300円位から食べられることを思うと、ちょっと贅沢です。
 もちろんチェーン店のうどんも不味くはありません。そもそもオーストラリア産の小麦は、日本人の嗜好に合わせてうどん向けにわざわざ開発されたものです。現地の生産者、輸入業者、外食事業者の方たちのお陰で、私たちは安価で美味しく、品質も安定したうどんを、いつでもどこでも食べられるのです。
 その意味で、こんなに豊かな食生活を送っている国は他には無いかもしれません。私たちはまぎれもなく、市場経済の恩恵を大きく受けています。
 しかし、今年も小麦など世界の食料価格は高騰し、今後も世界の人口増加と中国等の経済発展、砂漠化など生産条件の悪化が続くことを考えると、将来も安心して食料を輸入できるかどうか、心もとない面があるのも事実です。
 無論、東久留米市における柳久保小麦の生産量は、日本全体の小麦消費量に比べると微々たるものに過ぎません。しかし、かつての伝統的な品種を復活させることは、その地域の伝統や食文化を思い出させてくれることになり、引いては地域の住みやすさや誇り、安心感にも繋がります。
 これらの価値が供給されていくためには、市場メカニズムによるだけは不可能で、その大事さに気付き、たまには少し高くても柳久保うどんを食べよう、と思う人が増えていくしかないのです。
 実は今、日本の各地で伝統的な品種や食材を見直そうという動きが広がっています。
 大袈裟にいえば、効率性と目先の利益ばかり追い続け過ぎた私たちの文明を、食と農の面から見直していこうというムーブメントの1つと位置付けることができます(イタリアのスローフード運動とも軌を一にするものです)。
 11月25日(金)には、熊本市で「九州伝統野菜フォーラム」が開催されます。
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 主催するのは農業団体でも行政でもなく、熊本で食や環境の問題に取り組む3人の女性たち(アリアンス) です。
 そして基調講演者には、柳久保小麦を含めて東京の伝統品種の復活・普及に取り組んでおられる江戸東京・伝統野菜研究会の大竹道茂さん(ブログには柳久保小麦についての記事も。)が招かれます。
 さらに、九州で伝統野菜の普及等に取り組んでおられる方たちの事例報告、懇親会を兼ねた伝統野菜等の試食会(ビストロプレミアム)も開催されるとのこと。
 このような取組が、さらに全国に広がっていくことを期待したいと思います。