米韓FTAをめぐる論調について-気概と覚悟-

 日比谷公園では、遅かった梅も咲き揃い始め、地表にはオオイヌノフグリの可愛い青い花も(この植物、ちょっと名前が可哀そう)。菜の花も咲き誇っています。
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 さて、3月15日に発効した米国と韓国の自由貿易協定(FTA)に、経済界は深刻な脅威を感じているようです。
 その危機感は、昨日(16日)付けの日本経済新聞の社説(「米韓FTAに学び農業を強くする道を」)にも明白に現れていて、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加を急ぐべしとの結論となっているのですが、その前提となる論調を読んでいて、個人的にいくつかの疑問を感じました。
 社説では冒頭、米韓FTA発効により、世界で最も大きな米国市場で韓国製品の関税が撤廃され、関税が課され続ける日本製品はライバルの韓国製に対して「大幅に不利になる」と危機感を表明しています。
 ここでライバル視している製品の代表は自動車と思われます。
 同紙3面では、トヨタ自動車「カムリ」と現代自動車「ソナタ」の米国販売台数のグラフが添えられ、「超超円高」は修正されつつあるものの、「米国市場で日本は韓国の後じんを拝する恐れがある」と解説しています。
 しかし今回の米韓FTAの合意内容によると、米国における韓国製自動車の関税が撤廃されるのは5年目以降であって、直ちに撤廃されるわけではありません(逆に、韓国における米国製自動車の関税は現行8%が直ちに4%に引き下げられ、5年目以降に撤廃されます)。
 それに、そもそも現行の米国の自動車の関税は2.5%に過ぎません。
 これが(5年後に)撤廃されると「大幅に不利になる」としているのですが、そもそも2.5%という水準自体、為替レートの変動からみると無視できるほどの水準です(現に円ウォン為替レートは、今年に入ってからでも1割以上変動しています)。
 さらには、国際競争力は価格だけで決まるものではありません。品質も同じ位に重要です。
 特に自動車のように贅沢品的な性格がある最終消費財の場合は、安全性や燃費等の性能はもとより、快適性、デザイン、ブランド等に、その競争力は大きく左右されます。
 これら品質面の競争力を含めても、5年後のわずか2.5%の関税撤廃で日本の自動車は韓国の「後じんを拝する」ことになるというのが「社説」の主張なのです。
 つまり、現在の日本の自動車産業には、韓国製よりも2.5%(100万円の自動車なら2万5千円)くらい値段が高くても選んでもらえるような自動車をつくる能力は無いということでしょうか。戦後復興と高度経済成長を支えてきた日本人の「ものづくり」の気概は、一体どこに行ってしまったのかと戸惑いを感じるのは私だけでしょうか。
 また、この社説は農業の体質強化にも触れています。
 TPP参加に向けて「自由化に耐えられるように農家の経営体質を強化する政策」が必要であり、「自由化と農業強化は表裏一体であるはず」としています。
 TPPへの参加の有無に関わらず、食料供給力の維持の観点からも、国内農業の体質強化には不断の努力を続けていく必要があると、私も考えます。
 しかし、いくら体質強化や生産性向上を実現しても、全ての農家が自由化に耐えることができ、輸出産業に転換できるようなことは、理論上ありえません。
 自由貿易の論拠となっているのが、経済学の教科書には必ず載っている「比較優位」の理論です。
 各国は、それぞれ比較優位のある産業に特化してその産品を輸出し、比較劣位にある産業は廃業してその産品を輸入することによって(自由貿易によって)、最大のメリットを受けることができるというものです。
 単純化して、世界には日本と米国、産業は製造業と農業しかないとして、米国は農業に、日本は製造業にそれぞれ比較優位を有するとすると、日本は農業をやめて製造業に特化して工業製品を輸出し、農産物を輸入することが望ましいことになります。
 ここで誤解されることが多いのは「比較」の意味です。比較する相手は、外国の同じ産業ではなく、国内の他の産業なのです。
 例えば、日本の製造業は米国の製造業と比較して優位である必要はなく、同じ国内の農業に比較して優位であれば輸出産業になるのです。言い換えれば、日本の製造業が国際競争力を失って輸入産業にならない限り、日本の農業が輸出産業になることはありません。そもそも全ての産業が輸出産業になると貿易は成り立たなくなり、論理矛盾そのものです。
 むろん以上は単純化した議論で、社説に取り上げられている韓国のパプリカのように、農業の中にも輸出する分野や経営はありますし、現に日本でも、多くの農家や事業者が農産物や食品の輸出に取り組んでいます。
 しかし、そのような事例だけをことさらに取り上げ、農業全体が輸出産業になり得るかのような論調は、経済理論上からも正しいものではありません。
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 エネルギーや鉱物資源を輸入に依存せざるを得ない日本にとって、国際貿易の重要性は今後も変わらないでしょう。
 しかし、自由競争の下で無くなってしまうと困る産業があるとすれば、国民全員の合意の下、一定のコストを負担して守っていく覚悟が必要なのではないでしょうか。
 これは農林水産業に限った議論ではなく、海外移転と空洞化が進む中小企業等の「ものづくり」の分野も同様かもしれません。