福島集会「農から復興の光が」②

福島県有機農業ネットワーク主催「福島視察・全国集会-農から復興の光が見える!」の2日目(3月25日(日))は、4台のバスに分乗しての現地見学です。
1コースは「避難区域における農業の現状」について飯舘村と南相馬市へ、2コースは「放射能と戦う農業者」として福島市と二本松市へ。
私は1コースに参加しました。
前夜に降ったようで地面には雪。見上げると青空です。
磐梯熱海ICから福島西ICを降り、川俣町を経由して飯舘村に向かうバスの中、同乗された方たちにマイクを回して意見交換。
警戒区域内(南相馬市小高区)の農家の方は、避難先で2反ほどの農業を始め、作物ができた時は嬉しかったが、一日も早く元の家に帰って農業をしたいとのこと。
スローフード運動に取り組んでおられる方、自給を目指して会津地方にUターンしてきた方等から活動報告等も。
偶然、隣席になった東京から来られたグラフィックデザイナーの小林氏は線量計を持参。見せてもらうと、飯舘に近づくに連れて次第に線量は上がってきます。
阿武隈の山間いにある飯舘村は、23年4月、事故から1年間に積算線量が20ミリシーベルトに達する恐れがあるとして、全村が計画的避難区域に指定されたことから、現在、基本的に人は住んでいません。
飯舘に向かう県道は浜通りに抜ける幹線であるため、かなりの車が行き交っています。それなのに沿道の店舗は全て閉められ、集落内の住宅にも人の姿は見えません。不思議な、不気味なコントラストです。
途中、避難されている地元の農業者の方が同乗され、車窓から案内して下さいました。
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何も作付されていない農地が拡がり、枠組みだけのハウスが残されています。
昨年秋、管理のために草刈だけはしたため農地であることは分かりますが、刈り残したところには一面に丈の高い雑草が立ち枯れになっていました。
津波の被害は受けていないため、周囲の美しい景観はほとんど変わりません。飯舘村は、「日本で最も美しい村」の一つに選ばれています。
間もなく役場に到着。役場機能も福島市に移転しているため、この日は、わざわざ担当の方に来て頂き、役場のホールで説明を頂きました。
国の避難区域の見直しに対する考え(これ以上村民が分断されることは反対)、昨年12月に策定された復興計画と推進委員会(村に戻る人、戻らない人、戻れない人それぞれの復興支援)、除染工程と仮置き場の概要(村民の意向を十分に反映)等について、説明して頂きました。
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壁には「食育の日」の横断幕。
飯舘村が食育や地産地消等に熱心に取り組んでいたことは、被災直後に出版された「までいの力」でも詳しく紹介されています。
役場前の広場には、村民歌「夢おおらかに」の碑の隣に、線量を計測するモニタリングポストが設置されています。
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毎時0.71マイクロシーベルトと示されていました。単純に年間換算すると約6ミリシーベルトとなり(厳密には屋内外の滞在時間等によって異なりますが)、国際放射線防護委員会(ICRP)勧告の年間1ミリシーベルトに比べると依然として高い値です。
バスに戻り、浜通りの南相馬に向かいます。
南相馬市は津波の被害が大きく、約900名が犠牲になりました。市域は警戒区域、計画的避難区域、それ以外の区域に分断されています。
中心部の原町近くの海岸沿いに向かいます。大きな津波の被害を受けた地域です。
昨年夏に訪ねた時(場所はもう少し北の鹿島区)のように、水田や小学校脇に漁船が取り残されているような状況は無く、瓦礫もすべて綺麗に片づけられていました。
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青空の下、ただ広く平坦な地面が拡がっています。一部は冠水も見られます。土台だけが残っている建物の跡も。間違いなく人が生活していた土地です。
海岸近くには、瓦礫が積み上げられていました。
膨大な量です。めちゃくちゃに壊れた多数の自動車も並べられています。
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移動中、警戒区域との境界を望みました。元住民の方も含めて立ち入れないよう、国道にはバリケードが敷かれ、警備員が配置されています。
常磐線の踏切を渡りました。この辺りは被災から不通のままで、電車の通らない線路は錆びています。
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近くの杉内さんという農家の方の圃場を見学させて頂きました。
杉内さんは、畑に菜種を植えられています。自ら県外で搾油の研修も受けられていること。菜種油には放射能は移行しないと言われていますし、バイオ燃料として活用することも可能です。
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南相馬市では、昨年、市と協議会の方針として、警戒区域、計画的避難区域外を含めて稲の作付は全面的に行わないことを決めました。しかし、稲作をしたい農家の方もおられ、様々なあつれき等もあった様子です。この辺りについては事務局からも事実関係の詳しい説明は無く、参加者の多くは事情がよく理解できないままのようでしたが、いずれにしても、今回の原発事故は、地域のコミュニティ等にも大きな影響を及ぼしているようです。
市内で昼食後、福島駅へ。ここで解散です。
実は往路は、東北への距離感を肌で感じたいと思い在来線で4時間以上をかけて来たのですが、復路は新幹線。東京まで1時間半、福島は非常に近いところにあります。
原発事故に関してはマスコミの報道や多くの出版物もあり、自分でもそれなりに勉強もし理解していたつもりでしたが、この2日間の体験により、自分はまだまだ理解できていないことがたくさんあることを、改めて思い知らされました。すっきりとした感覚は無く、未来への不安感とともに、もやもやとした気分が残りました。
参加者に配って頂いた「放射能に克つ農の営み」(菅野正寿・長谷川浩編、コモンズ)は、今回のシンポジウムと現地調査で理解が及ばなかった「もやもやした」部分を、相当程度、補ってくれました。
本書のプロローグには、「耕し、種を播くことによって『土の力』が引き出され、福島の農に復興の道が見えてきた」(中島紀一先生)とあります。なお、本書の装丁は前述の小林氏によるものです。
被災地の現状を忘れず、理解して、寄り添うということが重要であることは言うまでもありません。
しかし、それだけではなく、この時代に生きる当事者の一人として、息の長い戦いを、建前を排して、ともに戦い抜く覚悟が必要と肝に銘じた次第です。
簡単に解決される問題ではありません。

“福島集会「農から復興の光が」②” への2件の返信

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    大津波の予測、もう福島や日本だけの問題に在らず。地球規模の問題なのだ。
    読み終わった後涙が出て来た。当事者の方に申し訳ない不甲斐無い自分が居た。

  2. SECRET: 0
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    松井様
     いつもコメントを有り難うございます。
     「申し訳ない不甲斐ない」などと感じられる必要は、全くありません。松井さんも、復興に向けて色々と地域で活動されておられることは、存じ上げています。
     これからも、それぞれができることを続けていきましょう。

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