食品と放射能-「風評被害」を乗りこえるために

 早いもので6月に入りました。2日の土曜日は蒸し蒸しとした一日。
 出かける途中に通りかかった中野区鷺ノ宮の神社の鳥居をみると、上の方がロープとワイヤーが張られています。
 張り紙には「東日本大震災の影響で、鳥居補強のため、氏子有志によりロープを張っている」とあります。1年3か月ほど前の大震災の爪痕が、まだ都内にもくっきりと残されているのです。そういえば、昨日夕方も関東地方では震度4の地震がありました。
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 さて、この日、阿佐ヶ谷の杉並区立産業商工会館では、大地を守る会主催「放射能連続講座」の第1回講座(食品と放射能:毎日の安心のために)が開催されました。
 160名の定員を超える申し込みがあり、お断りした方も多かったとのこと。
asagaya2_convert_20120602232047.png 冒頭、この講座の企画者であり、この日の進行でもある戎谷徹也氏(大地を守る会・放射能対策特命担当)から、会場の参加者にアンケートが取られました。
 「検査して放射性物質が検出されなかった福島の農産物を、あなたは買いますか」
 私は当然だと思ったので手を挙げました。回りの多くの人も手を挙げられました。
 ところが次の選択肢、「放射性物質が検出されなかったものであっても、やはり福島の農産物は考える」にも、ほぼ同じ位の手が挙がったのです。
 ちょっと意外な、私としては、やや残念な結果でした。
 この日の講師は、NPO法人市民科学研究室代表の上田昌文さん
 上田先生とは、かねてフード・マイレージの関係で面識を頂いていましたが、難しい科学の問題を市民目線で分かりやすく伝えるということについては、日本でも第一人者の方です。
 上田先生は、地域や品目毎の汚染度の違いやその推移を知ることが安心につながること、「ゼロリスク志向(基準値は低ければ低い方がいい)」は、消費者個人の気持ちとしてはある意味当然ではあるものの、社会全体にとっては負担や軋轢が背負えないほど大きくなる恐れがあること等について説明がありました。
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 そして「風評被害」を乗り越こえるためには、土壌と水系の計測を優先し、その汚染度に応じた低減化対策をとりつつ農産物の計測を続け、それらを全て情報公開して消費者と対話をしていくことが必要、と訴えられました。
 後半は、山本謙治さんをコーディネータに、上田先生、戎谷さんによるパネルディスカッション。
 戎谷さんは冒頭のアンケートについて、「食べる」と「控える」が6対4位と想定していたと吐露されつつ、改めて頑張っているという生産者の姿を見せて行く必要がある、と強調されていました。
 もともと生産者との提携を活動の理念にされている大地を守る会は、震災後も、福島等の契約生産者と緊密に連携しており、全圃場の計測と汚染マップの作成等に取り組んでいる地域もあります。
 さらに戎谷さんは「消費者に、食べて下さいとお願いするのではなく、できるだけ汚染を低減する取組を続けるという生産者の覚悟を消費者に見せて行くことが必要であり、そのような生産者こそが、これからの農業と環境を守っていく担い手になり得る。そういう生産者がつくったものを注文書に載せ続けて行くのが自分のつとめ」と述べられました。
 上田先生からは「個人の選択のしわ寄せが全て生産者に行く構造になっている。放射能だけ不検出を求めても食にかかわるリスク全体の低減に繋がるわけではなく、バランスのとれた考え方が必要であり、そのために汚染と流通の状況に応じたガイドラインを策定すべき。また、情報を求めるだけではなく、自分なりに考え、生産者と消費者が対話していくことが重要」との発言。
 会場やユーストリーム中継の視聴者から多くの質問や意見が出されました。
 例えば「買わない、とする消費者を敵視しないでほしい。むしろ不安が払しょくされない農作物の生産はやめて、その分を東電に補償を求めるのが合理的では」との意見。
 戎谷さん「生産者も消費者も被害者なのに対立してしまっていることは悲劇。関係性を取り戻していくことが重要。当然、補償は要求しているが、将来の農業と環境を守ることとは別」。
 上田先生「補償金をもらえば農業が続けられるわけではない。消費者に安心して喜んで食べてもらえる農産物の生産を継続していくという意志が重要」。
 最後に、もう一度同じアンケートが取られました。「食べる」とする人が若干増えたかもしれませんが、大きな変化は無かったようにみえました。
 大地を守る会の会員の方、今日のような講座に積極的に足を運ばれる方は、食べものや農業に対する関心が高く、同時に安全性にも敏感で、自ら考える意識も高い方が多いと思われます。
 その方たちのアンケート結果が、先に述べた通りです。放射能の問題は、日本の食と農に深刻な影響を及ぼしていることを、改めて思い知らされた次第です。
 しかし、さらに問題なのは、日本の消費者(この言葉次第、私は好きではありませんが。)の大半は、あまり農業などに関心はなく、それでいて安くて便利で、かつ安全な食べものを求めている人たちと思われます。
(だから、放射性物質ゼロを売り物とする一部の大手流通スーパーの戦略が成り立つのです。自然放射能のことを考えれば、直ちにおかしいことは分かるはずなのですが)。
 検査や汚染低減のための取組は、科学的な根拠に基づいて実施可能です。しかし、そのことを消費者に分かりやすく伝え、対話を積み重ねつつ将来に向けてよい社会をつくっていくことは、科学や理屈の範疇を超えるものです。
 現実に放射能は降ってしまいました。今も、汚染水を始め環境への流出が止まっている訳ではありません。
 そのような中で、どのようにすれば日本の食と農を守っていけるのか。
 不安があるからといって福島や東北の農業が存続しないようなことになれば、自給率が40%を下回る日本の食料の供給基盤を揺るがすという面で、放射性物質以上の大きなリスクになりかねません。
iitate_convert_20120603111727.png 今年3月に訪ねた福島県飯舘村では、昨年から稲の作付は行われていません。それでも草刈は行い、田んぼが荒れるのを食い止めようと努力されています。
 汚染されたからといって、補償金があるからといって、この農地と国土を荒らしてしまっていいのかどうかが、私たち一人ひとりの選択と行動にかかっているのだと思います。
 多くのヒントを得ることができた実り多い講座でした。
 10月まで6回シリーズで開催されるとのことです。今後の展開に期待したいと思います。
 さて、熱心な質疑もあり、予定時間を若干オーバーして講座は終了。
 実はこの日はもう一つのイベントと重複してしまっていて、南阿佐ヶ谷駅から急いで日比谷へ向かいました。
 NPO法人気候ネットワーク主催の特別シンポジウム「わたしたちが選ぶエネルギー・気候変動対策」の模様は、別の記事として追って掲載します。

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     早いもので6月に入りました。2日の土曜日は蒸し蒸しとした一日。 出かける途中に通りかかった中野区鷺ノ宮の神社の鳥居をみると、上の方がロープとワイヤーが張られています。 

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