2014年9月27日(土)は秋晴れの一日。
久しぶりに新潟・上越市に向かいました。「新潟の棚田へ稲刈りに行こう♪」というイベントに参加させてもらうことにしたのです。
9:18大宮発の上越新幹線で越後湯沢。金沢在住・在勤中は何度もお世話になった駅です。この日は特急はくたかではなく、ひやおろし・吉乃川と鱒寿司を買って快速に乗り換え。
六日町など魚沼地域は日本有数の米どころ。晴天の下、あちらこちらで稲刈りが進んでいます。
長いトンネルに入ると、突然、車内照明が消えて音楽が鳴り始め、天井にはプラネタリウムが。来週の北陸新幹線開業を控え、色々とサービスに取り組んでいるようです。
11:48、くびき駅に到着。
今回のイベントの世話人のお一人、みずかさんが出迎えて下さいました。
まずは道の駅に立ち寄り、直売所で今夜の野菜などを調達。地産地消の幟や上越野菜のポスターもあります。
隣接するのは「よしかわ杜氏の郷」。ここで純米酒「天恵楽」等を調達。
新潟・上越市吉川区は日本有数の杜氏の故郷だそうで、酒造りの道具や、吉川杜氏が関わる全国各地の酒蔵等の展示もあります。
広々とした頸木野(くびきの)の水田風景を見つつ、車は県道を次第に山間へ入っていきます。
到着したのは大賀集落。現在、住んでいるのは4戸だけとのことですので、そこだけみると立派な「限界集落」です。
みずかさん達は、縁があってここに通うようになって5年目になるとのこと。
集落の集会施設で、もう一人の世話人・たかったー氏はじめ他の参加者の皆さんと合流。
この建物、元は尼僧の庵だったそうで、広間には立派な仏壇がしつらえられています。外見は古いものの中は綺麗に改葬されていて、キッチン、板張りの風呂場、ウォシュレット付きのトイレ等も完備しています。
ちなみに玄関先のお地蔵様はスマホを携帯。
まずは、みんなで歩いてすぐの「大家さん」(屋号です。)のお宅へ。奥さまと息子さんが出迎えてくれ、心づくしの昼食をご馳走になりました。ミョウガやラッキョウが美味です。
実は私以外のメンバーは昨夜のうちに到着、午前中は大家さんの田んぼの稲刈りを手伝われたとのこと、その「お返し」の昼食に、ちゃっかり、お相伴させて頂きました。ご馳走さまでした。
ここの田んぼの稲は多くが倒伏し、ぬかるんでいました。午前中の作業は大変だったようです。
さらに、外国人の男性2人も含め合流した人も加え、総勢で10名ほどに。3歳の元気な男の子(愛称トムトム君)も。細くて急な山道を、今年も田植えから携わった田んぼに下っていきます。
緑の山あいにある田んぼの黄金色が、目に染みるようです。
14時過ぎに着いた田んぼで待っていて下さったのは、中村昭一さんご夫妻。
日本で初めて永田農法でお米をつくりはじめた方だそうです。
この辺りは、時あたかも稲刈りの最盛期。ご主人は小型のコンバインで1枚の田んぼを収穫中。
その隣の田んぼで、奥さまに指導してもらいながら、機械で収穫できない畔際(あぜぎわ)の稲を手刈りすることに。
青空の下、暑いくらいです。稲穂がたわわに実った株をざくり、ざくりと刈るたびに、鎌から伝わってくる手の感触も香りも、心地よく感じられます。秋の香りに包まれます。
3株ほど刈る毎に、交差するように畔に並べていきます。
田んぼはほとんど乾いていて、「稲刈りってこんなに楽だったんだ」とは、午前中に泥田で作業された方の言葉。
ぐるっと畔際を刈った後は、手押しのバインダーで刈り取っていきます。
さらに、もう一段下の田んぼに移動。ここは全て手刈りすることに。
各自、思い思いの場所に散って刈り取っていきます。倒れている稲は、風上だった方から刈らないとうまくいきません。
ここの田んぼもほとんど乾いていて、順調に作業は進みます。 トムトム君もお手伝い(?)。
ふと見ると、田んぼはぐるりと電気柵で囲われています。最近、イノシシ等の獣害が酷いとのこと。
刈るのは単純な作業ですが、束ねるのは少し技術(コツ)が必要です。
稲わらを空中で一回転させるようにして縛るのですが、中村さんの奥さまに教えてもらっても、なかなか同じようにはできません。
先日お邪魔した千葉・鴨川の大山千米田でのやり方とは全く違います。地域によって色々と流儀(?)があるようです。
何とか、見よう見まねで作業を進めます。気がつくと日は西に傾き、太陽との勝負になってきました。
束ねた稲は、さらに16束ずつをまとめてロープでくくっていきます。これを軽トラに積んで、はざ架けする場所まで運ぶのだそうです。大山では、刈った後の田んぼにはざを組んだのですか、これもやり方が違うようです。
まとめた稲束が意外と重く、田んぼ脇に停めた軽トラまで運び荷台に積みあげるのが、運動不足でふだんから体を鍛えていない私にはなかなか重労働です。ところどころぬかるんでいるところでは、足を取られます。
稲束を満載した軽トラは何度か往復。最後の便を送り出した頃には、とっぷりと日は落ちてしまいました。何とかギリギリで一日目の作業は終了。
街灯もなく、ほとんど真っ暗になった山道を登って集会所に戻ります。
車に分乗し、近くの温泉施設「スカイトピア遊ランド」へ。
廃校となった小学校を活用した施設だそうで、木をふんだんに使った内装は快適です。
快適な温泉でさっぱりして出てくると、テレビで木曽御嶽山が噴火したとのニュースが流れていました。午後、誰かが噴火があったようだと話してたのを耳にしていましたが、被害が大きそうなことに驚きました。
帰途、施設の玄関先には幅10cmほともありそうな大きな蛾が。きっとメスです(レディーガガ)。
20時過ぎから集会所で夕食と懇親会。中村さんご夫妻も来て下さいまた。
また、近く移住される予定のデザイナーの女性も、小さな赤ん坊を抱いて顔を出して下さいました(温泉に入っている間は留守番をして下さいました)。ご主人は杜氏の修行中だそうです。
地元の食材をふんだんに使った夕食は、みずかさん、米国人の男性などが準備して下さいました。地元の方が差し入れて下さったミョウガや高野豆腐、枝豆等も。
新潟の地ビールのほか、「杜氏の里」で調達してきた銘酒「天恵楽」に、神亀酒造(埼玉・蓮田市)「ひこ孫」も。
私も大ファンの神亀は「大家さん」から頂いたもの。大家さんの親類の方が神亀酒造に関わっておられるそうです。さすが「杜氏の里」です。
テレビもなくインターネットもあまりつながらず、車の騒音もなく、聞こえるのは虫の声だけ。心地よく食べて飲み、気がつくと布団の中。
そして、女性の皆さん達が朝食を準備して下さっている音と匂いで目が覚めたのは朝の7時過ぎ。たっぷり寝ました。
集会所の前の「大家さん」の田んぼでは、親類の方が手伝いに来られて稲刈りが始まっています。
お湯は囲炉裏で紙くず等を燃やして沸かします。トムトム君が興味深そうに覗きこんでいました。
今日の作業は「はざ架け」。2日目から参加された方もおられます。
この日も好天に恵まれました。棚田などの景観は、本当にため息が出そうになるほどの美しさです。
8時半過ぎに中村さん宅の裏の山際へ。立派な「はさ」が組まれていて、その前に、昨日、刈った稲束が並べられています。
中村さんに教えてもらいながら、束を渡す人、架ける人と2人一組になって作業を開始。
3段に架けていきます。乾いた稲束の香気が鼻をくすぐります。
この間、別働隊の女性2人組は枝豆をちぎって袋詰めする作業。昨日も、お土産にも頂きましたが、香りの強い美味しい枝豆です。
足元には大きな栗が落ちています。何個か拾ってポケットに。
10時半頃にははざ架け作業は終了。
遠くから振り返ってみると、山際に黄金色の城壁ができたようにも見えます。
帰り道、大豆畑(枝豆は収穫済み、残りは味噌作り用とのこと)をみて集会所へ。みんなで片づけ、掃除をして、地域の皆さんに挨拶をしつつ車に分乗。
いったん「杜氏の郷」で合流してから解散。たかったー氏の車に同乗させて頂きました。
途中、浦河原の温泉に立ち寄り。
ここでも、テレビは御嶽山噴火の特別ニュースを流しています。大きな被害が出ているようです。
続いて、ほくほく大島駅から少し離れたところにある「日本一ところてん」へ。
清水が湧く脇にテーブルが並べられています。一本箸で食べるのが流儀とのこと。明治時代に創業されたそうで、確かに屋号に違わず美味でした。
六日町から関越道を東京へ。途中、渋滞で何時になるかと思いましたが19時過ぎには練馬インターで降り、石神井公園駅まで送って下さいました。
たかったーさん、運転お疲れさま(飲み会には間に合ったでしょうか?)。
「限界集落」という言葉があります。
全国の市町村の半分が消滅する恐れが強いというショッキングなレポートも出されました。
「撤退の農村計画」というセンセーショナルなタイトルの本も話題になっています(タイトルと違って内容は示唆に富むものですが)。
今回の内閣や国会でも、「地方創生」が大きなテーマとなっています。
そのようななか、中山間地域の「限界集落」は本当はどんなところか、自分の目で見て体験したいと思ったのが、今回のイベントに参加した動機でした。
そこで実際に感じたことは、消滅しかけているといった悲惨で暗いものではなく、中村さんご夫妻はじめ地域の皆さんの笑顔に象徴される明るさでした。
平場に移住されても、今も通ってきて集会所の前に花菖蒲を植えておられる女性の方もおられました。新たに移住されてくる若い家族もおられます。雪の深い土地ですが、冬場も生活道路は除雪されるそうです。
棚田での稲作は、確かに効率や生産性の面からは不利な面はあります。
しかし、ここでは「永田農法」によりブランド化して販路を確保し、食味がよく高品質の米作りが続けられています。何より、都会にはない豊かな自然と、受け継がれてきた文化や伝統と、さらには暖かい人と人との繋がりがあります。
むろん、ある地域での極めて短時間の滞在に過ぎません。実際に暮らしていく上では、都会からちょっと来た者には垣間見ることができない多くの困難もあるのだろうと思います。
しかし、それでも、農山村地域を「限界集落」等の言葉でステレオタイプ的に一律に捉え、思考停止に陥ってはならないことを、改めて教えてもらえた旅でした。
中村さんこ夫妻はじめ地元の皆さま、世話人のみずかさん・たかったー氏、参加者の皆さまには、大変、お世話になりました。有難うございました。
また、きっと伺います。
【ご参考】
◆ ウェブサイト:フード・マイレージ資料室
◆ メルマガ :【F. M. Letter】フード・マイレージ資料室 通信
(↓ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして下さい。)
人気ブログランキングへ