気がつくと2014年も11月に。
トシのせいか月日のたつのが一層早く、置き去りにされているような不安感があります。
11月1日は冷たい雨の土曜日になりました。東京・三田の慶應義塾大学へ。
今はない「三田の家」での共奏キッチン♪に何度か参加するため、三田には何度も足を運んでいるのですが、慶應大のキャンパスに足を踏み入れたのは初めてです。
赤レンガ造りの校舎や図書館には、さすがの風格が感じられます。
この日、ここで開催されたのはシンポジウム 「ご近所イノベーションの時代」。
数日前に満席(定員50名程度)となっていたとおり、冷たい雨にもかかわらず会場は多くの参加者の熱気に包まれています。
坂倉杏介先生(慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所・特任講師)から開会の挨拶。
地域で活躍する人材養成のため、慶應大と港区が協働で開講しているのが「ご近所イノベータ養成講座」。地域の課題解決のためということではなく、自分が街でしたいことについて、ご近所の人を巻き込んでやってみることが大事。旅館で合宿までして受講生たちはアイディアを練り上げ、実践した。
また、活動を始めるのは簡単だが継続は大変。リーダーも必要だが運営できる人も必要というみとで、「事務局ゼミナール」も開講。
これらの受講生たちの報告を聞いてもらいたい」との内容。
九州から来られたコーディネータの山口覚さん(NPO法人地域交流センター津屋崎ブランチ)からは、「本音で語りやすい空気作りをしていきたい」と挨拶を頂きました。
早速、「ご近所イノベータ養成講座」受講生の皆さんによる活動発表に。
これらが、何とも面白い。
トップバッターは「みんな みんな 先生! 一分大学」
一分間の身近な人達の動画を投稿することにより、ローカルでリアルなつながりを作っていこうというもの。「芝の家」の女性の手料理を紹介する動画等が披露されました。
続いて「みんながエンターテイナー」。
誰にでも趣味があり、人を楽しませることができるけど披露する場などがない。それを持ち寄ってまちに楽しいことが増えれば、まちを大切にしたくなるという想いからスタートしたプロジェクトとのこと。
「さかさガイド」は、外国人の視点から逆に港区民を案内するというもの。港区の住民の10%は外国人だそうです。
1回目は芝浦在住のアメリカ人女性とウォーキングツアーを開催し、自分にはない視点や価値観により、多くの新しい発見を体験したとのこと。
次の「おしゃべり美術館」(おしゃび)は、港区界隈の美術館を舞台に、みんなで見て対話して鑑賞しようというもの。第一回は岡本太郎記念館で開催されたそうです。
最後は「FUTURE BAR – 未来のオトナに、逢いにいく」。
未来の自分を予感させてくれるお師匠さん(人生の先輩)をゲストに、未来を自分を模索するために一杯やりながらワイワイガヤガヤ、というもの。高齢化社会、30年後の自分たちを想定したプレゼンも秀逸。動画にも出演された大道芸の麻布十兵衛さんも、会場に姿を見せておられました。
「解決できない問い、本質的な問いに、アンダーラインを繰り返し引き続けること」というメッセージが心にズシン。
この間、各テーブルでは模造紙にメモし、発表の間に意見交換をしながらプログラムは進んでいきます。聴くだけではなく、自らも参加できるスタイルです。
活動発表の後半は「ご近所事務局ゼミナール」の受講生の皆さんから。
「いろはにほへっと芝まつり」は、年に1度、芝の家に関わるみなさんによる手づくりのお祭り。今年は10月19日に開催され、地域の皆さんや慶應大生による屋台や落語会で盛り上がったそうです。
続いて「トークシリーズ・まちで生きること まちで死ぬこと」。
「まちで死ぬこと」について考え対話し「まちで生きること」を見つめ直すことを目的としたトークシリーズ。10月8日の1回目には、世田谷事件の遺族で絵本製作・読み聞かせ等の活動をされている入江杏さんをゲストに開催したそうです。
次は「ご近所ラボ新橋・対話の場づくり部」。
この夏、ご近所ラボ新橋に誕生した、お互いの経験と想いを持ち寄って“ご近所的つながり”で対話し学び合う場についての報告。事務局に大切なのはテクニックだけではなく人間力、との結論。
最後の発表は「24時間トークカフェ・佐賀」。
佐賀にある先端事例、食材、人々を港区で再現し、これからの社会を語り・食べる24時間にわたるイベントを開催されたそうです。今度は佐賀で「トークカフェ・港区」を開催する計画とのこと。他の地域からもやりたいという引き合いもあるそうです。
発表者も各テーブルに加わってのグループディスカッションと全体での意見交換。
休憩をはさみ、プログラムは後半の講演に移ります。
演題は「やったらええんちゃう? できない理由よりできる方法を!〜過疎のまちが『せかいのかみやま』になるまで〜」。講師は、今をときめく引っ張りだこの大南信也さん(NPO法人グリーンバレー理事長)です。
最初に出てきたキーワードは「創造的過疎」。えっ?
つまり、過疎化は避けられない、そうであればその現状を受け入れることから始める。そして、人口が減る中で「人口構成の健全化」を図っていく視点が大事、ということのようです。
過疎地の課題は雇用がない、仕事がないこと。それではと、仕事を持った人を受け入れることに(ワークインレジデンス)。発想の転換により、この4年間で58世帯105名が移住してきたそうです。
取組の発端は、町内の小学校に残されていた「青い目の人形」の里帰りを実現したこと。小さな成功体験が後のグリーンバレーの活動につながり、住民目線での国際文化村つくりのコンセプトを県に提言するまでに。
ところが、何かやろうとすると必ず現れるのが「アイデアキラー」。
失敗体験を持ち出すなど、それなりに説得力がある。いわく「難しい」「無理だ」「俺は聞いてない」「前例がない」と。
しかし前例がないということは、時代の歯車を回すチャンスがあるということ。都会だから、島だから、雪国だから等と難しい事情(言い訳)はいくらでもある。そこを受け入れてしまうことからスタートになる。
「アイデアキラー」の撃退法は、とにかく始めること。阿波弁では「やったらええんちゃうん」。やってみて、初めて問題点もあぶり出されてくる。
民間企業等と協働して道路清掃等を行う「アドプトプログラム」を県に提案しても、最初は道路法の制約があると認めてもらえなかった。
それであればと強行突破。前例を作ってしまえば、運用で認めてもらえることもある。
その後、多くの芸術家が移住。
その成果の一つが「隠された図書館」(確かに写真を見せてもらうと、森の中に隠れています)。 ここは借りるのではなく預ける図書館。住民は、人生の転機等に読んだ本を一人3冊まで寄贈できる。寄贈した人にだけ鍵が与えられ、利用できるという仕組み。将来は、神山の人たちの思いがいっぱい詰まった図書館になる。
2007年には移住交流支援センターを設置(神山町からの委託を受けNPO法人グリーンバレーが運営)。
希望者登録用紙には、夢や生活設計を書いてもらっている。これによって、町の将来に必要とされる働き手や起業家を逆指名することができ、町づくりのデザインにつなげていける。
1955年には38店舗あった商店は2008年には6店舗にまで減少していたが、多くのサテライトオフィスや飲食店が開業している。自然の中で若者にとっても魅力的な職場が実現している(清流に足を浸しながら若者が操作しているパソコンは、ネットで東京の本社につながっているとのこと)。
イノベーションを起こすために必要なものは、お金ではなく「場」。
例えば移住者が始めたビストロでは、定期的に「みんなでごはん」というイベントを実施。その日にたまたま集まった人たちが同じ食卓を囲む。シェフも同席し、血の通う異業種交流の場になる。
人材育成のための「神山塾」は、卒業生の半数がそのまま移住。カップルも9組誕生している。
有機農産物の需要も増え、中山間地域の「本丸」農業の振興にもつながっている。将来は四国一のオーガニックフーズの町になる。
そして、大南さんが講演の最後に言われた言葉。
「皆さんは港区が『すき(好き)』でしょう。そこを、『すてき(素敵)』な場所に変えていくのは、実は簡単なんです。『て(手)』を加えればいいんです。行動を起こせばいいんです」
1時間強の講演時間は、あっという間に終了。時間を忘れ、聴衆一同、大南さんの熱意ある話に惹き込まれていました。
最後に、山口さんから提示された最後のテーマ。「あなたは今日、受け取ったメッセージを紙に書いて下さい」。
前半の発表では、学生から壮年まで皆さん手探りながら、自分達でご近所で活動していこうというアイデアと熱意に溢れていました。驚くとともに、心強く思いました。
山口さんも言われていましたが、「評論家」は不要であると。実践こそ大切、「やったらええんちゃうん」です。
ところが実は、同じテーブルに評論ばかりする方がおられました。大マスコミOBで某民間シンクタンクに天下りされている、それなりに著名な方のようです。まあでも、そのような方も参加されていたと思うと、この日のシンポジウムの魅力と影響力は大きかったのかもしれません。
そして大南さんの講演。
私は徳島市の出身。子どもの頃は神山町と聞くと「山」「田舎」のイメージしかなく、神山から通っている友達は、それだけでからかわれたことを覚えています。
その中山間、限界集落の典型のような神山町が、今や日本の最先進地域。「日本創世」の切り札のようにあがめられているのです。
何より、阿波弁丸出しも懐かしく嬉しく、徳島出身者として誇らしく感じました。
引き続いての立食での講演会では、大南さんとも名刺交換させて頂きました。
最後に山口さんから出された課題について私が書いたのは、「ご近所・身近なところから、好きなことから始める取組が、この国を、社会を変えていくことにつながるのでは」と。
ちょっと優等生的ですか、率直な感想です。
外に出ると、まだ雨は落ちていました。
帰り道、元「三田の家」に立ち寄ってみると、マンション建設のための基礎工事が始まっていました。
【ご参考】
◆ ウェブサイト:フード・マイレージ資料室
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