2018年4月25日(水)の終業後は、東京・西五反田の「ゲンロンカフェ」へ。
2013年2月にオープンしたイベントスペースで、年間150回ほどトークイベントを開催しているとのこと(同時に有料のウェブ中継も)。以前から気になっていたのですが、初めて訪ねました。
壁一面には、これまでの出演者のサインなども。
この日19時から開催されたのは「7年後のいまをどう伝えるか」と題するイベント。
五十嵐泰正さんの「原発事故と『食』-市場・コミュニケーション・差別」(2018年2月、中公新書)の出版を記念したもので、「食」という身近なトピックから、「風評」被害の分析等を通じて今後の社会のあるべき姿を探っていこうという趣旨です。
登壇者は3名の方。
五十嵐泰正さん(筑波大・大学院人文社会系准教授)は、原発事故でホットスポットとなった千葉・柏市で「安全・安心の柏産柏消」円卓会議事務局長を務められた方。
この時の経験は編著『みんなで決めた「安心」のかたち』(亜紀書房)としてまとめられています(これも示唆に富む本です)。
小松理虔(りけん)さんは、故郷の福島・いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、いわき海洋調べ隊「うみラボ」で福島第一原発沖の海洋調査等をされている方。
小松さんがゲンロンに登壇される時はいつも福島の地酒を持参して下さるそうで、この日も3本が披露さ れました。
武田徹さん は1958年生まれのジャーナリスト・評論家で専修大・人文ジャーナリズム学科教授。
『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』、『原発報道とメディア』(講談社現代新書)など多数の著書があります。
まず、五十嵐さんから新刊の概要について紹介がありました(以下、文責は全て中田にあります)。
「本書の切り口であるは『食』は個人的なこと。原発事故から7年が経過し、多くの人々の関心が低下しているのと同時にネットの一部等でいがみ合いが続いている状況は不健全。
放射能の影響については当初懸念されていたよりも軽微だったことが科学的に明らかになっているのに、未だに『風評』が残存しているのはなぜか。消費者の勉強不足やデマのせいか」
「本書では、風化と『風評』の残存が同時進行する複雑な現状について、代表的な品目の市場分析、消費者意識とコミュニケーション、そして差別と共生といった切り口から解きほぐしていくことを試みた」
「『風評』被害を考える場合に重要なことは、その品目に代替産地があるかどうか。季節性、保存性の点でキュウリと米は違う。
首都圏のスーパーでは、季節によってはキュウリはほとんど福島産であるのに対して、米については年間を通して産地を選ぶことができる。だから、全袋検査までして一番安全なはずの米は価格低下が長引いた」
「日本中ブランド米ばかりになっているなか、福島産米は中食・外食需要にシフトしている。中食等は今後も需要の伸びが見込まれることを考えると、これは一概に悪いこととは言えない」
「福島県産を意識的に避ける消費者は減少しているものの、今も何となく不安を感じている人は少なくない(「悪い風化」)。
このような層には、まずは関心や興味の喚起が入りロになる。小松さんの『うみラボ』の取組は参考になる」
小松さん
「自分たちの一番の強みは専門家では無いこと。何も知らないところからスタートし、少しずつ分かってきたことから素直に発信している。釣りや試食の楽しさが、シンプルな動機になる。自分が釣っちゃった魚には興味がわく」
五十嵐さん
「意識して避けている消費者が勉強不足というわけではない。行政や専門家に対する根強い不信感を持っている。どうしても食べたくないという人も一定程度は残る。原発問題も二項対立(推進/反対、安全/危険)に落とし込められている。
これらは、お互いに相容れない異なる価値観やライフスタイルを持つ人々と、どのように共生していくかという問題の一局面ではないか。価値観の共有と人格的な信頼が重要になる(主要価値類似仮説)」
「原発については、科学的に十分に扱える技術ではあっても、現時点では社会的に扱う準備のない技術ではないか」
武田さん
「新しい技術は二項対立になりやすい。技術には進歩しかないと言われるが、311後にやるべきだった政治技術や社会的技術等についての議論はしてこなかった。
核リテラシーは必要だし、廃炉にも核技術は必要。使用済み核燃料のリスクを減らすためには、早く処理施設を建設し移すべきという合意も取れるはず」
「ユートピア主義には帝国主義的、伝道的、実存的の3類型がある。食べたくない人は食べなくていいと思うが、その価値観を他者に押しつける(帝国主義的)のは良くない」
五十嵐さん
「『食べて応援』キャンペーンはそれなりの効果を上げた。しかし、科学的に十分に分かっていない段階で始められたため、後に安全宣言したはずの米について基準超過のものが見つかる等の事件が起こり、かえって『風評』を長引かせてしまった面もたったのでは。応援しようと思わない人には押しつけととられ、不信感を募らせてしまった」
武田さん
「応援したいといった社会性意識は、科学的な認識とは別に扱うこともできるのではないかとも考える。結局、人は一つの物語でしか生きることはできない。別の物語に移るには負荷が大きい」
小松さん
「自分は地域の中で実践的に取り組んでいくしかないと思っている。地元の会議等ではあえて結論は出さず、みんながモヤモヤを持ち帰り、一緒に妥協点を探っていく。バーに集まって廃炉について意見交換するといった小さな取組みも始めた。対立構造を越えていくヒントを得るための動きが始まっていると希望を感じている。
私は反原発の立場を取る人たち一人ひとりにもちゃんと向き合い、福島のものを食べてもらいたい」
五十嵐さん
「柏で活動を始めた当初は、生産者と消費者とでは見える風景が全く異なっていた。断絶を越えるためには、正確な情報や理論だけではなくヒューマンな面も重要。ある京都に自主避難している女性は、福島の生産者と付き合ううち、この人が嘘をついているはずはないと信頼できるようになったという」
武田さん
「人はそれぞれ、部分的な合理性を有している。科学的合理性を越えた共生のためには、義理や人情も重要なファクターになる」
休憩中には「土耕ん醸」(鈴木酒造店・長井蔵)の燗酒を頂きました。
21時を回って会場との質疑、意見交換。
五十嵐さんと一緒に活動されているという柏の農家の方も見えられていました。
「放射能だけではなく、農薬についても消費者には正しい知識を伝えていくことが必要」等の発言。
最近のネットや週刊誌を賑わせた(炎上した)話題も出されました。
これらに対して五十嵐さんは「コミュニケーションは経験を重ねるしかない。踏んではいけない『虎の尾』が分かってくる。重要な問題提起であっても、短い分量では誤解されてしまう恐れもある」等のコメント。
小松さん
「現地で活動している多くの人には、裏切られたと感じたような報道もあった。しかし、いつかは変わっていくものと信じて続けていくしかない。そうでなければ、なんで被災してあんなに辛い思いをしたのか。何らかの教訓を得て現場で活かし、さらに他地域の人たちのためにも役立てて行ければと思う」
武田さん
「差別とは、全て社会的に構築されたフィクションに過ぎない。情報発信の際には、ファクトだけではなくフェアネスのチェックも必要。歴史を相手にするのがジャーナリズムであり、少しだけ長めの時間スケールで、少しだけ広めの射程で議論していきたい」
最後に五十嵐さんからは、
「あれだけのことがあったのに何も前に進んでいない、ということにはしたくないという思いで今回の本を書いた。多くの人の話を聞く中でこの辺に落ち着くしかなかった。社会とはそういうもの。前に進めていくために、身近にいる人を含め、色んな価値観の人と意見交換していくことが必要」等の発言でまとめられました。
時計は22時を回っています。
五十嵐先生の前には長蛇の列ができ、ご挨拶は断念して帰途に就いた次第。
2時間を超える中身の濃い内容で、この短いブログでは(著者の表現力の拙さもあり)とても全てを紹介できてはいません。
非常に多くの示唆に富むトークイベントでした。いくつかのモヤモヤが胸に残っています。