【ブログ】群馬県のお城めぐり 第1章(2018年夏)

2018年の8月初旬は、夏休みを利用して群馬県のお城めぐりへ。
 2日(木)の朝、連日、猛暑の東京をレンタカーで出発。自動車の運転は好きでも得意でもないのですが、城址めぐりのためには止むを得ません。

幸い関越道は順調。前橋ICを下りて30分ほど、最初の目的地である箕輪城址(高崎市箕郷町)に到着したのはお昼前。
 小学校脇の標識に沿って田んぼの間の道を進み、大型用の駐車場を右手にさらに登っていくと、そこにも駐車場がありました。

他に車の姿はありません。
 ベンチに座っておられた年配の男性が近づいて来られ、「誰に頼まれている訳でも無いんだけと」とパンフレットを手渡して下さいました。

そのパンフレットによると、箕輪城は16世紀初頭頃に長野氏により築城されたとのこと。二代目の業政は武田信玄の西上野侵攻に最後まで抵抗した武将として著名です。
 その後は織田、北条、徳川の勢力争いの舞台となり、天正一八(1590)年には井伊直政が12万石で封じられ、城も大改修が行われました。

駐車場のある位置は、搦手口を通った二の丸にあるようです。
 駐車場の脇にも案内板。本丸跡に向かう途中には大きな堀が(幅30m、深さ10mほどもあります)。

本丸跡には大きな石の標柱と説明板。
 いかにも広く、規模の大きさな城だったことが伺えます。

二の丸に戻り、反対側の大堀切の土橋を渡った先が郭馬出(くるわうまだし)跡。
 馬出とは出撃の拠点となる施設で、この西側の出入り口にあった西虎口(こぐち)門が見えます。

西虎口門は発掘調査の結果を踏まえ、2016年に伝統的工法により復元されたとのこと。
 郭馬出を囲む土塁の上に立つと、高崎市方面を望むことができました。

榛名山の東麓を回り込むようにして北へ。道路脇には果樹園や石材店。

昼食はJR吾妻線・中之条駅近くにあるそばきり吾妻路へ。
 蔵を改装した趣のある建物。極太(!)の「変わり蕎麦」やミニカツ丼を頂きました。美味!。

いよいよ最大のお目当て・岩櫃城址(東吾妻町)へ。
 2016年に放映されたNHK大河ドラマ「真田丸」のタイトルバックの険しい岩山はCGではなく実在の山であることを知って驚き(山頂の天守や滝は CG)、ぜひ一度訪ねたいと思っていたのです。

山道を登ったところにある広い駐車場には観光客の姿も。
 徒歩5分ほどの観光案内所には何種類ものパンフレットにジオラマ、パネル、ドラマ出演者の色紙等が展示されています。
 ガイドの男性もいらっしゃいます。

岩櫃城の築城時期等は不詳。斉藤氏の居城だったのを真田氏が奪取した後は、上州における真田氏(武田方)の重要な拠点となりました。

案内所を出ると、改めて強い日射しと蒸し暑さが襲ってきます。
 本丸跡に向かう登山道の入り口まで行ったのですが、あっさりと攻城は断念。

車に戻り、山の南側にある別の駐車場に移動。
 険しい山肌を目近に望むことができました。覆いかぶさってくるような迫力です。

案内板によると、密岩神社や静龍院(武田勝頼を迎えるために築造)跡は徒歩15分圏内のようですが、ここも断念。

中之条の市街地まで戻り、国道145号線(日本ロマンチック街道)を北東に向かっていると、道路脇に「八幡城址」の標識が(ノーチェックでした)。

標識に従って入った山道は次第に道幅は狭くなり、左側は崖に。自動車1台がぎりぎりです。後悔しかけた頃にようやく少し広いスペースに出ました。
 ここから5分ほど歩いて山頂へ。標柱と案内板、そして小さな石仏が鎮座していました。眺望はききません。

大永年間(16世紀前半)に尻高氏によって築かれ、後に真田氏の勢力下に。北条氏との戦の舞台にもなったとのこと。

元の街道にもどってしばらく進むと、今度は中山城址(高山村)の標識と案内板がありました。
 街道に被さるような丘が城跡のようです。ここは真田氏の版図に楔を打ち込むように築かれた北条方の城。

左折して農道を進むと、水田の向こうに幟が見えました。のどかな光景です。

今回、最後の訪問地となったのは名胡桃(なぐるみ)城址(みなかみ町)でした。
 古城址には場違いなほどの立派な観光案内所に入ると、豊富なパンフレットにパネル、映像装置、ドーモ君も。

城の遺構(馬出、空堀、土橋、郭など)も見事に整備され、遺されています。

馬出から木橋を渡って三郭、二郭、続いて本郭へ。

天正十七(1589)年、豊臣秀吉は沼田城を含む沼田領の3分の2を北条領に、名胡桃城など3分の1を真田領にすると裁定。
 ところが北条方がこれを無視して名胡桃城を攻めたことに秀吉は激怒、翌年の小田原征伐と北条氏滅亡につながりました。

本郭跡には石の標柱と、何本もの「歴史を変えた名胡桃城」と書かれた幟。

「歴史を変えた名胡桃城」と大書された幟には六文銭も。
 よくみると真田の人々の似顔絵(?)になっていました。上の中央が幸隆くん(昌幸の父)、下が左から幸村くん、昌幸くん、信之くん親子だそうです。

さらに先がありました。もうひとつ掘切りを渡ったところにあるのが、ささ郭。
 利根川の河岸段丘上に突き出すように築かれており、沼田盆地等の眺望が見事です。

なお、2日目のランチは片品の農家レストラン・みのりの里へ。
 素晴らしいロケーションのなか、自家産ズッキーニの冷製スープや野菜たっぷりのピザを頂きました。
 ご馳走様でした。

自家製の米粉パンとブルーベーリー・ジャムをお土産に(これらも美味でした)。
 伺うと、レストランを始められて17年目になるそうで、体験農園や民宿もされているとのこと。

ということで、今回の上州お城めぐり「第1章」は、猛暑の影響もあり(東京より気温は高い位!)、やや中途半端に終了。
 沼田城や金山城など訪ねられなかった城址も多く、「第2章」でリベンジを期したいと思います。