【ブログ】知ることの責任

特殊な年だった2020年も12月に。カレンダーも残すところ1枚になってしまいました。

 比較的、暖かい晴れた日が続きます。
 昨日(11/30)は自転車で東京・東大和公園へ。
 多くの葉が落ちた雑木林の中は夏よりも明るく、かさかさと踏む落ち葉の音と感触が心地よく感じられます。

ところで、去る10月12日(火)に参加した第60回奥沢ブッククラブの課題本は、メンバーでもある岩下紘己さんの『ひらけ!モトム』でした。重度障がい者であるモトムさんのライフストーリーを、学生だった著者がケアしながら聞き取られた記録です。

 本書で何度も引用・参照されているのが、岸政彦『マンゴーと手榴弾』という社会学の専門書。
 表題のエッセー的短編は、沖縄戦を経験された女性からの聞き取りの記録です。戦中に自決せよと手渡された手榴弾(不発でした)と、聞き取りの場で学生たちに出して下さったマンゴーのエピソードを扱ったもの。

これを機に、かねて気になっていた沖縄のことを知りたいと強く思うようになり、大江健三郎『沖縄ノート』はじめ数冊(ドキュメンタリ、旅行・歴史ガイド、小説など)を集中的に読み、記録映画『米軍が最も恐れた男』もAmazonプライムで視聴。

 ネーネーズ『平和の琉歌』にもハマりました。

悲惨な戦争の記憶は今も癒されず、それどころか現在の基地問題にも続いているという現実。本土人である私は、加害者の側にいるという感覚。

11月26日(木)には、今年もふくしま再生の会(飯舘村)からお米が届きました。
 検出限値未満との検査結果付きです。福島県では2015年以降は基準値を超過したお米は1袋もありません。
 この飯舘のお米も、昨年までは会員向け限定の配布でしたが、今年からは一般向けにも販売することとされたようです。嬉しいことです。

 昨年11月、スタディツアーで訪問させて頂いた時のことを思い出しました(写真は自然農法の実験圃場の様子)。

一方、先日の東京でのさる勉強会で、ある参加者が福島のことを「あんな放射能まみれの土地」と言い放ったのには驚きました。再生エネ等に熱心に取り組んでおられる方の発言だけに、腹立たしく、哀しくなりました。
 来春には原発事故から丸10年を迎えますが、残念ながら、まだまだ事実認識と意識におけるギャップは大きいようです。

11月19日(木)に柳 美里さんが全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞されたとのニュースに接し、ご著書『南相馬メドレー』を読んでみました。
 柳さんが鎌倉から福島・南相馬市に移住したのは2015年のこと。その動機は、2013年から地元の災害FM局のパーソナリティとして、直接、被災者の方達の声を聞いておられたことだったそうです。

 津波で両親を亡くし、母はまだ見つかっていないという女性の話を聞いて涙を流した柳さんに、その女性は真っ直ぐ目を見て、「泣いただけで終わらせないでください。知ることには責任が伴います」と語りかけます。

現在、柳さんが書店(ブックカフェ)を営んでおられる南相馬市小高(おだか)区を訪ねたのは、避難指示が解除されてから半年後の2016年11月のこと。陽光を反射する稲束の眩しさが、今も目に焼き付いています。

 コロナ禍の影響もあり、毎年数回は訪ねていた福島の被災地には、今年は一度も行けていません。
 訪ねて話を伺うことで、あるいは本を読み音楽を聴くことで、学べることはたくさんあります。しかし「知ることには責任がある」という言葉は、深く胸に突き刺さりました。コロナ禍を口実にして、何の責任も果たせていない自分がいます。

 昨夜は綺麗な月が出ていました。今日も好天です。