【ブログ】2022年 堰浚いボランティア、しあわせな豚(福島・喜多方市山都)

前日から続く。)
 2022年5月4日(水、みどりの日)も好天。いよいよ「堰浚い(せきさらい)ボランティア」の当日です。

 5時過ぎに目が覚めて近くを散歩。宿泊した民宿「やましょう」(高郷町)のすぐ前のダム湖は静かな水をたたえたボート競技場となっており、1995年国体の会場だったそうです。
 農業(みなもと農園)も営む宿のご主人はお父様の代からのボート選手で、三代目(ご主人のお嬢さん)がついに国体で優勝したと嬉しそうに話して下さいました。

美味しい朝食(お米は自家産のミルキークイーン)を頂いて、7時15分、車に分乗して出発。
 私はレンタカーで向かったのですが迷ってしまい(汗)、8時ギリギリに集合場所の早稲谷会館に到着。ほぼ20名ずつの2組に分かれ、もう一組は本木会館に集合し、上流(早稲谷)と下流(元木)から浚っていくことになっているそうです。

主催者である「本木・早稲谷 堰と里山を守る会」の浅見彰宏さん(ひぐらし農園)から、「怪我がないことを第一にしつつも、ビシビシとお願いします」との力強い(?)挨拶。
 スコップとフォークをお借りし、軽トラに分乗して現地へ。
 軽トラを降りるといきなり急傾斜を直登です。足を滑らせるとずるずると下まで落ちてしまいそうで、行く先に暗雲が漂います。

傾斜を登り切ると、堰(用水路)が見えてきました。もっともここが最上流部ではなく、さらに傾斜がきつい上流部は地元の方たちで浚うことになっているそうです。

8時20分頃から作業スタート。
 最初は水も溜まっておらず、したがって落ち葉や土は軽くて、恐れていたより楽そうです(ラッキー!)。
 堰は基本的に土掘りですが、ところどころは石やコンクリート等で固められており、トンネルや水路橋で通されている箇所もあります。何しろ複雑な山腹の地形沿いをわずかな傾斜をつけながら開鑿されている訳で、先人の技術力の高さと労苦に頭が下がります。

 今年は雪が多かったそうで、解けずに残っているところも。あちらこちらで倒れ込んでいる樹木は、浅見さんがチェーンソーで伐っていきます。

やがて水が溜まっているようになり、スコップやフォークが重くなってきます。
 底なし沼のように(オーバー!)泥が溜まっている所では、ずるずると長靴が沈み、たちまち水が入って靴下はぐちゃぐちゃです。

突然、視界が開けました。
 新緑や花の中の早稲谷集落の美しいたたずまいに、すっかり疲れも忘れます(嘘)。

 再び山の中に入り、落ち葉や枯れ枝、泥を浚いながら、さらに下流に向かいます。すぐ左側が高い崖のようになっているところでは、自らが高所恐怖症であることを思い出さないようにして歩きました。

 作業が進むに連れて、淀んでいた水が流れ始めます。それにしても地元の方(ご高齢の方が多いのですが)、常連のボランティアの方たちの力強いこと。
 途中、何度か休憩。水路脇に設置された標柱で、まだまだ先が長いことが分かります。

11時30分頃で午前中の作業は終了。
 道具を置いて棚田の脇を早稲谷会館に降りていくと、地元の方たちが昼食のカレーライスを準備して下さっていました。
 駐車場の隅には大きな雪のかたまりが残っています。

この日は快晴で気温も上がり、風が気持ちよく、裸足になって食事をしていると長靴の中も靴下もすっかり乾きました。

13時から午後の作業を再開。棚田の脇を登って戻ります。美しい景観です。

 枝を拾い、落ち葉や泥を浚っていくという作業は、基本的に午前中と変わりません。もっとも地形によっては、きちんと浚うところ、表面のゴミだけとればいいところなどもあるようです。

だんだんと足腰が重くなってきました。危険な予兆です(かつて何度か腰痛に悩まされたことがあり、自宅近くの市民農園の草とりだけで痛くなることもあります)。
 下流から元木チームが向かってきているはずなのですが、全く気配はありません。

それでも、新緑の中で夢中になっての作業は、言葉では表せない心地良さがあります。

カタクリなど様々な野草が眼を楽しませてくれます。コゴミなど山菜もふんだんにあり、詳しくて好きな方は作業をしながら摘んでおられました(私にはとても余裕はありませんでしたが)。

また、水路にはカニやアメンボなどの動物もいて、子ども達は大喜び(ちなみに小学生くらいの子ども達も、ちゃんと作業していました)。
 水の中から浚った落ち葉や枯れ枝の中には、たくさんのサンショウウオの卵が!
 カエルの卵よりはるかに大きく、驚きました。そっと水に戻す優しい方も。

そして15時20分過ぎ。湾曲した水路の向こう側に、ついに元木組が姿が!! 
 感動的な出会いの後は記念写真を撮って下さり(「守る会」のFBページに掲載して下さっています)、この日の作業は終了です。

全員で早稲谷会館に戻ります。新緑の山を眺めつつ、棚田のあぜ道を下っていきます。
 足腰はガクガクですが、息をのむような美しい景観と爽やかな風に心が癒されます。

早稲谷会館では、今度は豚汁やワラビの煮物等を準備して下さっていて、大活躍された方も、私のような足手まといにしかならなかった者にも、平等に配って下さいました(感謝)。
 ゼミ生を連れた大学の先生のお姿も。
 例年であればアルコールの提供もあるそうですが、コロナが終息しない中、今年は交流会は行われません。

「守る会」の大友さんからご挨拶を頂いて、解散です。
 主催者、地元の皆さまには大変お世話になりました。有難うございました。

堰浚いに参加されていた長谷川 浩さんに誘って頂き、養豚場を見学させて頂くことに。市民研の上田代表もにもお声掛けしました。

長谷川さんは、元は農林水産省の研究センターの研究者で、イギリスのフードマイルズ運動を最初に日本に紹介された方でもあります。
 自ら望ましいスタイルの農業を実践するため、この地に移住・新規就農され、NPO母なる地球を守ろう研究所の代表もされています。

案内して下さった場所では、柵に囲われた土地に10数頭の豚が放牧されていました。
 元気に走り回り、人の姿を見ると近寄ってきます。水田だったところが耕作放棄されていたのを借り受け、豚の放牧を始められてから5年目となるそうです。

現代の養豚は、効率性を追求するため(安価な豚肉を供給するため)、多数の豚を畜舎に閉じ込めて輸入飼料(とうもろこしなど)で飼養するのが一般的なスタイルです。
 しかし、ここの「しあわせな」豚さん達は、大地に生えている草や地元産のくず米、エゴマかす等を食べながら、駆け回り、泥遊びをして、昼寝しつつ、大きくなっているのだそうです。
 長谷川さんは「豚CSA」(注:アメリカ等で盛んな Community Supported Agriculture)と名付け、消費者に直接販売されています。

 私も何度か求めさせて頂きましたが、旨味があって、脂身まで美味しく頂けます(詳しいレシピもつけて下さいます)。
 国際的な食料需給が不安定化する一方で、国内では荒廃農地が増加しているなか、持続可能な先進的な養豚のスタイルとして、これからも大いに注目・応援していきたいと思っています。

以前に長谷川さんから頂いていたパンフレットはこちら
 購入方法も記載されていますので、(スーパーの豚肉よりは割高ですが)ご関心を持たれた方は、ぜひお試しください。

左は「豚CSA」のパンフレット。右は長谷川さんが代表をされているNPOのHPから。

その後は、この日も温泉(いいでのゆ)でゆっくりと汗を流し、同じ民宿に後泊された方たちと食事、懇親。明朝の足腰痛を心配しつつ布団へ。

翌日は、観光しながら帰るだけです。上田代表は朝早い電車で帰途に。
 ちょうど会津若松の高校生たちが練習に来ていたのを少し見学してから、喜多方市の中心部へ。雪をかぶった飯豊山や磐梯山が綺麗に見えます。
 「レトロ横丁商店街」は、子どもの日の歩行者天国で屋台などが多数出展されていました(「書道」のテントがあったのには驚きました)。人出も多く、大賑わいです。
 それにしても、前日を上回る好天で暑い、暑い。

会津木綿の商店の2階は資料館として開放されています。記念に小さな巾着を求めさせて頂きました。
 隣の書店では歴史関係の本など(ご主人に井深八重のことを訪ねるとご存じなく、色々と調べて下さったのですが、関連する書籍は見つけられませんでした)。

 大和川酒造では上堰米のお酒などを購入。
 昨日、浚った堰の水で棚田で生産されたお米を原料とした純米酒です。これまで何度も頂いていますが、実際に体験した後では美味しさも格別と思われます(帰宅してから呑むのが楽しみです)。

会津若松の鶴ヶ城へ。本来の赤い瓦に葺き替えられてからは初めてです。ボランティアガイドの方に案内して頂き、お城の歴史などを教えて頂きました。
 ここも暑く、抹茶ソフトクリームの美味しかったこと。

郡山へ。猪苗代辺りで渋滞していたので慌てて磐越道に乗りましたが、無事に17時前に郡山駅に到着。レンタカーを返却してガソリン代を清算(たくさん走りましたが、単価も上がっているようです)。

駅ビル内のフードコートで喜多方ラーメンを頂き(現地で食べたかったな~)、17時26分発のやまびこ188号に乗り込みました。この指定券も、キャンセル待ちでようやく前日朝に取れたものです。

 帰宅したのは21時頃。
 足腰痛を恐れていましたが、思いのほか軽症のようです。大自然のなかでの作業であり、温泉で癒されたお陰かも知れません。

今回、堰浚いに参加させて頂いたことにより、条件が不利な地域での米作りの大変さ、先人から受け継がれてきたことの重み等を実感することができました。
 しかし浅見さんによると、この地域でももともと少ない農業者の方は高齢化が進んでおり、離農される方もおられ、いつまで米作りが続けられるか分からないというのが現実だそうです。農業生産の現場が直面している深刻な状況についても、垣間見させて頂く貴重な体験となりました。
 堰浚いの主催者、地元の皆様に、改めてお礼申し上げます。