【ブログ】CSまちデザインツアー2024(2日目、5年ぶりの飯舘村)

1日目から続く。)
 翌2024年11月3日(日)。CSまちデザイン・スタディツアー2日目は、前日の大雨から打って変わって、雲一つない快晴に恵まれました。
 宿泊した「農業研修館きらり」の窓からは、池に映える紅葉という絶景。

集会室に顔を出してみると、近藤理事長始め何名かの方が早くから朝食の準備をされています。前日のうちに「氣まぐれ茶屋ちえこ」の佐々木千榮子さんが、おこわなどを届けて下さっていたため、ご飯を炊く必要はなくなったとのこと。手伝いも不要(足手まとい?)と言われたので、お風呂に。

7時半から朝食。みそ汁、ホウレンソウのお浸し、ゆで卵なども準備して下さっています。コーヒーも。ご馳走様でした。後片付けは少しお手伝い。

8時45分にバスへ。
 近くに置かれたモニタリングポストの値は0.172マイクロシーベルト/時を示していました。環境省の基準(0.23)は下回っているものの、東京(0.04程度)に比べると高い水準にあります。

大久保・外内集会所へ。
 いいたて結い農園の長正(ながしょう)増夫代表からスケジュール等の説明を受けたのち、バスに戻ってエゴマ畑に向かいます。
 ちなみにエゴマ(荏胡麻)は、ここでは「じゅうねん」と呼ばれていますが、十年長生きすると言われるほど栄養価が高く、収穫した種子が10年経っても蒔けば芽を出すことに由来するそうです。

長正さんは元役場職員。
 2017年の避難指示解除後に営農再開を目指して仲間と活動を始め、2021年には地域の全世帯を構成員とする(一社)いいたて結い農園を立ち上げられ、エゴマ等の実証栽培と製品化に取り組んで来られた方です。
 ちなみに長正さんは、そば打ちの名人でもあるとのこと。

農地の間の気持ちのいい道を進んでいくと、5年前にはなかった緑色の大きな看板が建てられていました。

宇宙エゴマ」と書かれた札もありました。2021年6月から1か月余り、NASAの宇宙ステーションで保管された後に地球に帰還したものの子孫だそうです。
 エゴマはシソの仲間だそうですが、全体的に大ぶりで茎も太く、収穫も大変そうです。播種・苗づくり、定植、除草・管理、収穫から調製まで、すべて農薬等は使わず手作業で行っているそうです。

 ちなみに結い農園に続く道の両側の農地には、アヤメが植えられているとのこと。数年後の見事な景観を想像すると、心が浮き立ちます。

作業場へ。原発事故前は障がい者の多機能型事業所として使われていた建物だそうです。
 広い部屋に置かれた台の上に、収穫したエゴマを広く伸ばして乾燥させます。何度か選別(唐箕による風選)と洗浄を繰り返しますが、それでも除ききれない細かなゴミは手作業で除去しているとのこと。

 この選別作業を体験させて頂きました。
 白衣を羽織りキャップをかぶります(本格的!)。浅い箱にエゴマを3分の1カップほど入れ、揺すりながら、異物をピンセットでつまんで除去していきます。短時間の体験でしたが、毎日従事するとなると気が遠くなるような作業です。

施設内にある電動の唐箕、搾油機、そば製粉用の石臼なども見学させて頂きました。ホーリーバジルの生産も始められたそうです。

徒歩で集会所に戻ります。
 眩しい陽射し。気持ちのいい風にススキの穂が揺れています。水田には青々と、ひこばえが生え揃っていました。いつもながら素晴らしい山里の景観です(晴れてよかった)。

先に戻っていた「調理班」のメンバーは、お母さんたちと一緒にエゴマを摺り、もちを調理中。豚汁も準備して下さり、ビールなども出されて交流会。
 お母さんたちも全員が席に着いて、まずはツアー参加者一人ひとりから自己紹介。続いて地元の方たちもひとりずつ自己紹介。

避難先から作業日だけ通っておられるという方も。多くは高齢の方ですが、地域おこし協力隊など若い方の姿も。
 結い農園は、地域のみんなが生き生きと働くことができ、交流できる場となっている様子が伝わってきます。

今回も5年前と同様、手厚いおもてなしを受け、パックされたエゴマをお土産に頂きました。長正代表はじめ結い農園の皆様、有難うございました。

12時30分過ぎにバスは出発し、道の駅「までい館」へ。予定ではここで昼食をとることになっていたのですが、おもちや豚汁で満腹状態。
 笑顔の村民の方たちの大きなパネル。5年前にはなかった食堂の前の生産者名の掲示は、村内の農業が本格的に再開・復興しつつあることを示しています。

 結い農園の「宇宙を旅したエゴマ」の製品も販売されていました。
 エゴマ油と、先日、東京大学で開催された「ふくしま再生の会」報告会でも紹介されていた日本酒「不死鳥の如く」を求めさせて頂きました。 

14時前に、今回のツアーの最後の訪問先である「図図(ずっと)倉庫」へ。
 移住された若い方たちが中心となって、原発事故により閉鎖されていたホームセンターの建物をリフォームして、2022年11月にオープンした「つながりを再生する秘密基地」。入り口のガラス戸は飯舘の草花や葉で飾られています。

共同代表の矢野 淳さんが説明して下さいました(ふくしま再生の会の田尾理事長のお嬢さんだそうです)。

 一画にあるコワーキングスペースの天井や壁には、もみ殻を活用した断熱材。
 宇宙の誕生からこれからの飯舘村の環境づくりまでを概観できる展示では、再生の会の科学者たちが被災直後から収集・検査してきた土壌サンプルや、クルックス管など放射線に関する様々な実験器具など。「霧箱」は放射線を見ることができる装置です。 

飯舘村のなりたちから、これからの姿を描いた大きなタペストリ。飯舘村の地形の模型も。
 ワサビの水耕栽培実験も行われています。
 廃校になった小学校からもらってきたという椅子や机、本棚、地球儀なども置かれています。これからどんな空間ができていくのか、楽しみです。

 キッチントレーラーで希望者はコーヒーを求め、バスに戻ります。

バスは福島駅に向かいます。
 水田に点々と置かれた緑色のロールは、家畜のえさになる青刈り稲等のホールクロップサイレージとのこと。大量の黒いトン袋(除染廃棄物)が置かれていた以前の光景を思うと、確実に時が流れていることを感じます。
 渋滞もなく、予定より早く16時過ぎに福島駅に到着。ここで解散です。近藤理事長、今年もお世話になりました。

最後までお付き合いいただいた行友 弥さんは、一人、路線バスで飯舘に戻られるとのこと。農業ジャーナリストの榊田みどりさん(CSまちデザイン理事)と3人で、駅ビル内にある蕎麦屋で生ビールなど(道の駅に車を置いてあるという行友さんはノンアル)。
 移住に踏み切られた行友さんのコーディネートのおかげで、充実した2日間のツアーとなりました。有難うございました。

(備忘)飯舘村について
2011年3月11日 東日本大震災、東電福島第一原発事故
2011年4月22日 全村に避難指示
2017年3月31日 帰還困難区域(長泥地区)を除いて避難指示を解除
2023年5月 1日 「特定復興再生拠点区域」として長泥地区の一部の避難指示を解除

2024年11月1日現在の村内居住者数及び避難者数
  村内居住者数 1,524人、避難者数 3,013人(県内 2,869人、県外 144人)

(ご参考)
ウェブサイト「フード・マイレージ資料室」
 https://food-mileage.jp/
メルマガ「F.M.Letter-フード・マイレージ資料室通信」(月2回、無料)
 https://www.mag2.com/m/0001579997