2025年3月17日(月)の夕刻は、東京・日本橋へ。昼間は暖かな陽射しがあったものの、夕方になって風が冷たくなりました。
現代的なCOREDO室町テラスの2階にあるのが誠品生活日本橋。このような場所に、こんなに広くて充実した書店があるとは。初めて来ました。

この日19時から開催されたのは「複合災害の被災地から、希望の芽を育む女性たち」と題するイベント。
会場入り口には、昨年11月に逝去された吉田恵美子さんのご著書『想いはこうして紡がれる-「古着を燃やさないまち」を実現した33年の市民活動を通して伝えたいこと』が並べられています。15名ほどの会場参加者のほか、オンラインでの参加者もおられたようです。
本の出版社の方の紹介により、登壇されたのは鈴木純子さん((一社)リ・ファッション協会代表理事)。
「同志だった吉田さんとともに体験したこと、感じたことを、今日はできるだけ自分の言葉で伝えたい」と前置きされつつ、トークが始まりました(文責・中田)。
「自分は2009年頃から、着るものから生活スタイルを見直すことで持続可能な循環型社会の実現を目指して活動してきた。
2011年3月11日、私は都内でテレビを観ていて衝撃を受けた。東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故という世界初の複合被害に見舞われた福島の様子をみて、助け合わなくては、できることをやりたいと思い、物質支援やソーイングカフェの実施など東北の支援に携わるようになった。支援者同士の支え合いの大切さも知った。なお、いわき市は両親の出身地でもある」

「吉田さんが長く代表を務められていたNPO法人ザ・ピープル(いわき市)は、30年以上にわたって古着のリサイクルに取り組み、毎年260トンもの古着を回収しリユース・リサイクルするという実績を上げていた」
「その吉田さんは、発災後も様々な市民活動を立ち上げリーダーとして活躍された。
当時のいわき市は、地元住民・被災者、原発事故による近隣市町村からの避難者、復旧・復興のための作業員等が同じ市内に暮らすなど、独特の複雑な課題を抱えていた。吉田さんは何とか分断を解消しコミュニティを再生しようと、地域住民をつなぐサロン(場)づくり等にも注力されていた」
「ふくしまオーガニックコットンプロジェクトは、当時、風評被害に苦しんでいた農業と被災者の再生を目指したたもの。在来種である茶綿を、地元の方の畑などで栽培し、首都圏等から多くのボランティアを受け入れたきた。
次世代のための環境教育、被災体験の伝承等にも力を入れてきている」
「本にも書かれているように、気づいてしまった人間が一歩を踏み出さなければ状況は変わらないことを、私たちは体験的に学んだ。その学びを伝える責任が私たちにはある」
「被災者の方たちの『忘れないでほしい』という言葉に込められた思いを受け止め、これからも被災地とつながり続けていきたい。現地にも多くの方に足を運んでもらいたい」
吉田さんと二人三脚で歩んで来られた鈴木さんの、熱い想いのこもったトークでした。

参加者との間で意見交換。故・吉田さんと顔見知りの方も多く参加されていました。
「吉田さんから渡されたバトンを次世代につないでいきたい」
「私にとって吉田さんは、女性の生き方のロールモデルを提示してくれた方。これからも被災地とつながり続けたい」等の発言。
5月18日(日)には、オーガニックコットンの種蒔きツアーが予定されていることを紹介して下さった方も。
この日のために鈴木さんが準備して下さったという吉田恵美子さんのパネルとともに記念撮影する参加者も。パネルの中でも吉田さんの笑顔は輝いています。

肉筆のはずだったサインは、残念ながらコピーになってしまいました。
東日本大震災・東電原発事故から14年。
吉田さんから託されたバトンを、私も鈴木さんや志を共にする方たちと一緒に次世代につないでいきたいと思います。
(ご参考)
ウェブサイト「フード・マイレージ資料室」
https://food-mileage.jp/
メルマガ「F.M.Letter-フード・マイレージ資料室通信」
https://www.mag2.com/m/0001579997