【ほんのさわり】井上ひさし『コメの話』

-井上ひさし『コメの話』(1992.2、新潮文庫)-
https://www.shinchosha.co.jp/book/865202/

【ポイント】
 30年以上前の論調がまったく古びていないことに驚きます。むしろ状況はさらに深刻化しているのかも知れません。

著者は1934年山形・川西町生まれの劇作家(2010年没)。1987年に故郷に蔵書を寄贈して「遅筆堂文庫」(図書館)を開設し、翌年、「自らの暮らしを生活者の視点で見つめ直す」ことを目的として、自ら校長となって「生活者大学校」をスタートさせました。
 その第一回のテーマは農業で、講師として呼ばれていた故・山下惣一さん(佐賀・唐津市、農民作家、1936~2022)が、後に井上校長から要請されて教頭に就任した経緯は山下さんの著書『振り返れば未来』(2022年、不知火書房)でも触れられています。

本書に収められた講演録や紀行文は、ガット・ウルグアイラウンド交渉が大詰めを迎えつつあった頃のものです。当時は、精米業者団体の要請等を受けたアメリカからの外圧のみならず、日本国内でも、財界や一部の学者等が米の輸入を自由化すべきと声高に主張していました。著者はこれらに真っ向から反論したのです。
 「そもそも食料は国際取引できるものなのか。世の中には土地や景色など輸出入できないものがある」
 「警察も消防も自衛隊も保健所も国会議事堂も、国民の基本的生活に欠かせないものはすべて赤字」
 「食べものは基本的に近場のものがいい。素性のよい食べものをきちっと食べるためにも、日本の農業を潰してはいけない」
 「値段を比較するのはそろそろやめて、地球そのものを大事にしていくことが必要。宇宙や地球と地域の生活や田んぼ、いわば極大のものと極小のものとをつなげるのが、自然と共生している農業」
 「水田が何百年もかけて貯めてきた地下水を目当てに、精密工業の工場が農村にどんどんやってきている」

さらに、「私たちはうんと勉強しなければならない。仲間うちでぶつぶつ言っているだけではなく、もう少し強く高く口をそろえて言うべき。いま口を閉ざすのは無責任。自由化が皆が本気で考えた結果なら従うが、うっかりしたままで、世の中がのっぴきならない所へ行くのはとても怖い」とも記しています。
 ちなみにベストセラー小説『吉里吉里人』(1981年)は、現代版の農業一揆を書いたものとのこと。

なお、本書では1985年時点の米への支出額の統計データも紹介されています。それによると支出額は1日当たり204円、1人当たりでは55円。これに対して米の「高騰」が社会問題となっている現在(2025年4月)の支出額は、それぞれ118円、48円です。

30年以上前の著者の論調がまったく古びていないことに驚きます。むしろ、日本の食料や農業の状況はさらに深刻化しているのかも知れません。

出典:
 F.M.Letter-フード・マイレージ資料室 通信-pray for peace.
 No.318、2025年6月10日(火)[和暦 皐月十五日]
  https://food-mileage.jp/2025/02/10/letter-309/
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