【ほんのさわり341】佐藤洋一郎『米の日本史』

-佐藤洋一郎『米の日本史-稲作伝来、軍事物資から和食文化まで』(2020.2、中公新書)-
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/02/102579.html

【ポイント】
 育種学者である著者による、米と稲作に対する畏敬と愛情に満ちた書です。将来に向けて、米と稲作が再評価される必要性が訴えられています。

1952年和歌山県生まれの農学者(専攻は育種学)である著者は、本書において、米の歴史を独自の時代区分に沿って記述しています。これによって時代をアクリル板のように重ねて重層的に眺め、米と稲作の文化が何であったかを鮮やかに描き出すことに成功しています。
 その時代区分とは、例えば水田稲作と米食が渡来した「気配と情念の時代」(おおむね弥生時代前半まで)、水田が国家経営されるようになる「自然改造はじまりの時代」(古墳時代、飛鳥時代)、米が貨幣となる「米食文化開花の時代」(戦国時代~江戸時代)、米が軍事物資になる「富国強兵を支えた時代」(明治時代~第2次大戦)等で、いずれの時代においても、庶民の米を食べたいとの切なる願望は共通しており(「米食悲願民族」)、米と稲作は社会のなかで何らかの特別な役割を与えられていたとします。

そして戦後から現在までは、米が食糧(かて)から一つの食料になった時代とし、「米離れ」(消費量の減少)もあって、米と稲作は分断され、行き場を無くしている時代と分析しています。
 その上で将来に向けては、食料安全保障、地球環境・エネルギー問題への対応、社会が縮小するなかでの持続可能性の観点から、再び米と稲作への回帰が必要であり、そのための食育の重要性を強調しているのです。

ところで本書は、育種学者である著者の、米と稲作に対する畏敬の念と愛情に満ちています。
 各地の在来品種を収集していた1980年代、田の持ち主が見当たらなかった場合は切手を貼った返信用封筒を入れた手紙を竹の棒で田に刺しておいたところ、穂を送ってくれた農家が何軒もあったという感動的なエピソードも紹介されています。
 しかしその上で、全体として、米と稲作を特別視し過ぎているという違和感はぬぐえませんでした。東北地方における強引な稲作社会化が飢饉を発生させた等の負の側面についても公平に記述されているものの、例えば江戸時代に盛んに行われた新田開発についても、武蔵野台地等で開発されたのは水田ではなく畑でした。
 また、戦後、食管制度の下で実施された「米偏重」の政策が、需要の変化に対応した農業生産構造の実現を妨げ、結果として食料自給率の低下を招いたという歴史的事実もあります。
 これらの状況も踏まえた上で、日本社会だけではなく、世界の食料と農業の将来に向けても、日本の米と稲作は再評価されるべきと強く感じました。

出典:
 F.M.Letter-フード・マイレージ資料室 通信-pray for peace.
 No.341、2026年5月17日(日)[和暦 卯月朔日]
 https://food-mileage.jp/2026/05/26/letter-341/
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