(前回から続く。)
浪江から南相馬へ。翌2026年7月26日(日)も雨。
宿泊したビジネスホテルの窓からは、雨に煙る国道六号線。ちなみにこのホテル、工事の作業員の方等の定宿になっているらしく、壁には「深酒にご注意」等の貼り紙も。
昨日、八坂神社の例大祭(樋渡・牛渡行政区)で頂いてきたセブンイレブンのおむすびは、飯舘村産あぶくまもち使用と表示されています。なかなか美味でした。

今回、予定を1日伸ばして南相馬市を訪ねたのには、主に2つの目的がありました。
1つは、2011年6月、震災後初めて訪れた浜通り地方が南相馬市だったのです。震災・津波と東京電力・福島第一原発事故の惨状が伝えられる中で無力感にさいなまれていたところ、東京・八王子発のボランティアバスに乗せて頂いたのです(Yさん、有難うございました)。
あの日も生憎の雨模様でした。
津波で流されてきた漁船が横転し、放置されたままになっていた鹿島区大内の田んぼは、すくすくと豊かに稲が育っています。

原町第一小学校の体育館には、避難所が開設されていました。
雨のため(放射性物質の飛散も、まだ予断を許さない状況でした)、屋外での泥出し作業等ができなかったため、ここで整体のお手伝いをさせて頂きました。
仲町児童センターでの写真洗浄のお手伝いを手配して下さった社会福祉協議会も、強い雨の中です。
あれから15年が過ぎ、南相馬市は日常を取り戻している様子が伺えました。

南相馬市博物館で、野馬追関係の武具等を見学。
天明の飢饉後、二宮尊徳の教えに沿って立て直しを図った「御仕法」の内容、北陸等から大勢の浄土真宗の信徒が移住してきた様子を説明してきたパネルもありました。江戸時代末までに1800戸に及んだそうです。
浪江町では、多くの人が移住者に対して比較的好意的なのは、このような歴史的な背景があるとの話も伺いました。また、浪江町民自身が避難(移住)を余儀なくされたという経験もあるようです。

博物館の展示で、かつて南相馬市には陸軍の飛行場があり、特攻の訓練も行われていたことを知りました。博物館を出て陣ヶ崎公園墓地内にある原町飛行場関係戦没者慰霊碑に参拝。地元出身の2人の隊員(19歳と20歳)も犠牲になったそうです。
その原町飛行場も激しい空襲を受け、現在は格納庫の礎石とみられるコンクリートの構造物が残されているだけです。

小高(おだか)区へ。避難指示の解除から10年目です。まずは小高神社に参拝。
交流センター内にある故郷喫茶 カミツレで日替わりの丼ランチ。柔らかくてボリュームもあり、美味。ご馳走様でした。
小高マルシェでは地元産の野菜等が販売されていました。店番をされていた女性からは「検査しているから日本一安全ですよ」との言葉。本屋フルハウスは生憎と定休日でした。

そして、2つ目の目的地である「俺たちの伝承館」へ(略称「俺伝」。強い雨のため外観の写真を撮り忘れました)。
去る2月18日(水)、東京・ポレポレ東中野で開催されたドキュメンタリ『ロッコク・キッチン』の上映会&トークイベントの会場には、「俺伝」の中筋 純館長の姿もありました。終了後に名刺させて頂いた際に「必ず行きます」とお約束して以来、ようやく訪ねることができました。
この伝承館が開館したのは、2023年夏。震災と原発事故の記憶をアートで伝える民間(私設)のミュージアムで、写真家である中筋さん達が運営の中心を担っておられます。この日もボランティアの女性の姿がありました。
入り口を入ってすぐ左側には、帰還困難区域への立ち入りを遮断するバリケードが展示され、その隣には置き去りにされて餓死した牛と、牛が噛んでやせ細った牛舎の柱を模したオブジェが飾られています。
部屋の中央には畳が2畳敷かれており、寝そべって見上げてみると、山内若菜さんの天井画が降ってくるに迫ってきます。

避難された方が自宅の窓に書き残した「東電さんよ、ありがとう」等と、東電を皮肉る文。除染廃棄物の山の間を行進する祭りの神輿。

300年以上の歴史のある酒蔵の一升瓶も。現在はアメリカ・シアトルで酒造りを再開しているそうです。
歌人・三原由起子さんの短歌の自筆の色紙なども展示されていました(この後、偶然、三原さんも来館されました)。
フォトジャーナリスト・片岡遼平さんによる「終わらぬ震災-それぞれの15年」と題する個展も開催されていました。
片岡さんが長年の取材の中から紡ぎ出した同名のフォトルポルタージュの出版を記念したもので、片岡さんご自身が解説して下さいました。
中筋さんとも色々とお話させて頂きました。「原発回帰」が進む世の中の流れに、中筋さんは強い怒りをお持ちのように、私には感じられました。

大規模な国の施設である東日本大震災・原子力災害伝承館(双葉町)や東京電力の廃炉資料館(富岡町)とは異なり、震災・原発事故の単なる記録にとどまらず、記憶の風化への抵抗と再生に向けての強い意志を五感で受け止めることのできる展示になっています。心が揺さぶられます。 この日も東京から大学生のグループが訪ねてくるそうです。
原子力災害考証館furusato(いわき湯本温泉・古滝屋内)とともに、ぜひ多くの方に訪ねて頂きたい施設です。
気が付くと14時30分過ぎ。急いで浪江に戻って給油し、15時までの約束になっていたレンタカーを返却。駅まで送って頂きました。
特段、急いで帰る必要はなかったのですが、現在の浪江駅前には一休みできるような飲食店等もありません。雨も降り続いており、15時27分発のJR特急ひたち22号で早々に東京に向かうことにしました。
久しぶりの浜通り。2泊3日という短い旅でしたが、様々な方と交流でき、貴重な体験となりました。
特に浪江の景色は毎日のように変わっているとのこと。また機会を見て訪ねたいと思います。
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