宮沢賢治「悲しみは力に」-三上満先生講演会

 ゴールデンウィーク初日の4月28日(土)、今までの天候不順を取り戻そうかとするように一気に初夏の様相、東京の最高気温も23℃まで上昇しました。
 自宅近くの空掘川の河川敷は、西洋芥子菜の黄色い絨毯で覆われています。蜜蜂が止まる花の向こうには、市内に残った数少ない銭湯の煙突が青空に映えています。ツマキチョウの姿を見て、少し興奮しました。
 ハナミズキも盛りです。
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 この日、さいたま市浦和区では「生活文化・地域協同研究会」(協同研)の22回目の総会と、記念講演会が開催されました。
 「おとなの学び場」として、自主的な学習・研究活動を20年以上にわたって継続されている市民団体で、10年近く前に関東農政局で食育を担当していた時、親子で米づくり等を体験する「野の文化学習会」の話を聞きに伺って以来、お付き合いさせて頂いています。
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 代表の菊地陽子さんの挨拶から始まった総会は、高崎信一さんを議長に選出、事務局長の徳田五十六さんからの事業報告、高岡久子さんからの会計報告等がなされました。単年度収支は赤字とのことで、新たな研究会や企画事業等が提案され、新役員の選出も了承されて総会は終了。
 新役員の皆さま、1年間お世話になります。
kyodoken2_convert_20120429104917.png 総会に引き続き、医療生協さいたま生活協同組合の佐藤史子さんによるフルートの演奏がありました。
 音大を卒業された経歴を活かし、福祉の活動の中で音楽を活用されているそうです。音楽、取り分け生の演奏は、人の心を共鳴させます。
 この日の演目は、今が盛りの『ハナミズキ』に続き、星つながりで『見上げてごらん夜の星を』『昴』、最後は宮沢賢治の『星めぐりの歌』。
 最後は、三上満先生による記念講演。会員以外の一般参加の方も見えられました。
 三上先生は1932年のお生まれ、中学校の社会科教諭、全日本教職員組合の委員長等を経て、テレビドラマ「3年B組金八先生」のモデルにもなり、1999年には都知事選に立候補された等の経歴の持ち主。
 さらに、宮沢賢治の研究者として『いま、宮澤賢治の生き方に学ぶ』など多くの著作を出されています。
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 講演は、今回の震災で多くの犠牲者が出た宮城県石巻市の大川小学校を訪ねられたことから始まりました。津波で校舎はがらんどうになり、辛うじて残された校舎の壁には、卒業記念で制作した『銀河鉄道の夜』の壁画が、傷だらけで残っていたそうです。
 賢治の作品や足跡の中から読み取れる、311以降を生きる私たちに向けて残されたメッセージについて、いくつかの賢治自筆のコピー等を配って説明して下さりました。
 例えば、有名な『雨ニモ負ケズ』には、「東ニ病気ノコドモコドモアレバ、行ッテ看病シテヤリ」等と、「行ッテ」という言葉が3回使われています。さらに余白にはもう一度、わざわざ「行ッテ」と朱書きされています。
 賢治の精神の神髄は「行ッテの思想」とのこと。
 被災地に実際に行った人、行けないけれど気持ちだけは行っている人、その気持ちを義捐金や被災地の農産物を買うことで表す人。
 賢治の「行ッテの思想」は、そのような連帯感の重要性を訴えているのです。
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 また、賢治は親友の保阪嘉内に宛てた多くの手紙を残しました。その一つには、これも欄外に、「かなしみはちからに、欲(ほ)りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし」と、書き加えられています。
 悲しみは力に、欲は他人への思いやりに、怒りは知恵に、努めて変えて行こう・・・311後の日本で最も多く語られる賢治の言葉の一つとのことです。
 それにしてもご高齢のはずの三上先生、元教員らしく、背筋を伸ばし立ったままで1時間半余の講演をこなされました。真摯で分かりやすい説明に引き込まれ、改めて宮澤賢治の小説や詩をひも解いてみたくなった次第です。
 ちなみに、食の安心について分かりやすい情報発信を続けられている渡辺宏さんという方が、宮沢賢治の作品のデータベースを作られています。
 ところで話は変わりますが、『雨ニモ負ケズ』には「一日ニ玄米四合ヲ食ベ」とあります。
 お米4合は約600g、お茶碗8~9杯分になります。つましい賢治の食生活でしたが、米については、現在の平均的な消費量の3倍以上です。
 現在の日本人は、米を食べなくなった代わりに、畜産物や油脂を大量に消費するようになっているのです。
 一方、『稲作挿話』(これも大好きな詩です。)には、「陸羽一三二号のほうは、反当三石二斗なら、もう決まったと言っていい」等とあります。
 1反(300坪=10アール)当たり480kg程度(籾だと0.8掛け)となり、当時としては画期的な多収の品種でしたが、一方、現在は全国平均でも540kg以上あります。技術進歩等の成果です。
 つまり、米の消費が大きく減る一方で生産力は上昇しており、その結果、需給をバランスさせるために減反(生産調整)政策を続けてきたという実態にあります。並行して、飼料穀物や油糧種子の輸入が増えたため、自給率は大きく下がったのです。
 賢治の時代とは、食生活も農業の生産技術も大きく異なっていることが、改めて実感されます。
 さて、近くの中華料理店での懇親会も終わり、数名で帰りの京浜東北線に乗り込んだ時のこと。
 仲間に1人に比較的年配の女性の方がおられたのですが、目の前の若いカップルの男性が、さっと立って席を譲ってくれました。最近、若い人たちにこのような他人を思いやる気持ちが強くなっているように感じられ、嬉しくなりました。
 ちなみに、この年配の女性の方は、被災地の子どもたちに絵本を贈る活動を続けておられます。 

2 Replies to “宮沢賢治「悲しみは力に」-三上満先生講演会”

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    中田さん、協同研の運営委員をしています原田です。
    菊池さんからブログで総会、記念講演の紹介をいただいたとお聞きしました。
    本日、協同研のブログで、会員さんのブログとして紹介をさせていただきましたのでご連絡します。
    今後のホームページの制作にも、ぜひお知恵をお貸しください。情報提供もお待ちしています。

  2. SECRET: 0
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     原田様
     協同研のブログで紹介頂き有難うございました。
     リニューアルした協同研のブログとホームページは、恰好よく、分かりやすくなりましたね。
     さらなる情報発信を含め、ご発展をお祈りしています。

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