ニイクラファーム見学会-都市農業の香り

 2013年5月6日(月)のGW最終日。
 朝寝坊して惰眠をむさぼっていたところ、7時過ぎに枕元の電話が鳴り、出てみると江戸東京・伝統野菜研究会の大竹道茂先生です。
 今日、ミュゼダグリ主催の農家見学会が田無(西東京市)であるので、急な話ながらよろしければ、というお誘いでした。
130506_0_convert_20130510070009.png かねて、大竹さんからは田無に(有)ニイクラファームというすごいハーブ農家があると聞いていたこと、後継者の新倉大次郎さんには江戸東京野菜コンシェルジュ育成講座で面識を頂いていたこと、そして何より、毎日の通勤電車から眺めるハーブ嚢園がいつも気になっていたこともあり、参加させて頂くことにしました。
 5月5日の立夏を過ぎた途端に気温も上昇、好天の下、10時過ぎに西武新宿線・田無駅へ。
 南口から線路沿いに進み、左に折れて少し行ったところが、4代続く農家・新倉さんのお宅です。
 10名ほどの見学者を、新倉大次郎さんが元気な飼い犬とともに出迎えて下さいました。
 まず、かつては住居だったという大きな倉庫の説明を受けました。2階では蚕を飼っていたそうです。
 軒下には、10メートルほどもある太い木の棒。大二郎さんが子どもの頃までは、地面に穴を掘ってこの棒を立て、隣家も同様に棒を立てて、その間に綱を渡して鯉のぼりを泳がせたとのこと。
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130506_12_convert_20130509063604.png また、庭に埋められている多くの石は、漬け物石として使われていたもので、練馬大根等の漬け物加工も手広く行っていたそうです。
 もともと田無は、青梅街道と所沢街道が交差する交通の要所であり、古くから物資の集散地や宿場町として栄えた地。
 新倉さんのご先祖は、明治時代、野菜や漬け物を荷車に乗せ、時にははるか横浜まで行商に行かれていたそうです。しかも、それで得た現金収入を元手に金融業まで営まれていたとのこと。
 今、「六次産業化」(農業・第1次産業×加工・2次×直販等・3次)という言葉がよく聞かれますが、新倉家では明治期から六次産業化が進んでいたようで、その進取の気性は現在の経営にも受け継がれているようです。
 続いてハーブ農園の見学へ。
 ハサミとビニール袋を渡され、自由に摘みながら説明を聞いて下さい、という嬉しい見学会です。
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 自宅脇にはアップルミント等が植えられており、シェフの方等が来られた時に見てもらうための試験ほ場とのこと。
 もともと新倉さん(大次郎さんのお父さん)がハーブに本格的に取り組み始めたのは、1990年代、大手鉄道・デパートグループからの働きかけがきっかけだそうです。
 その後、フランス料理やイタリア料理等のシェフが直接ハーブを求めて訪ねてくるようになり、現在は全体の7~8割がシェフとの直接取引になっているとのこと。
130506_22_convert_20130509063630.png 新倉さんからは、取引のある有名なシェフの名前が次々に出てきます。東京を中心としたこれら名店の料理の数々も、新倉さんのハーブがなければ成り立たないようです。
 ところで、ハーブの芳香は身を守るためのもので、いい香りを出すためには適当なストレスが必要とのこと。肥料は多くない方がよく、畑には1メートルほど赤土を客土して土づくりをしているそうです。
 また、ハーブは野生種に近く、F1野菜のように品質や規格を統一しづらいそうです。このことが、逆に、シェフ達の様々な好みに対応することができるという特長になっているとのこと。
 なお、年間で延べ150種類ほども栽培されているそうですが、シェフの方が持ち込んでくるものもあり、正確な数は分からないとのこと。
130506_32_convert_20130509063653.png また、この日は多くのハーブが花を付けており、香りだけではなく目も楽しませてくれました。本当にいい季節です。
 ベルガモットオレンジミントは柑橘系の爽やかな香り。モヒートなどカクテルにも合うそうです。
 セージは、サルビアに似た形の青紫色の花を付けています。花芽は天ぷらにしても美味しく、もたれないそうです。
 ボリジは、不思議なことに牡蠣の独特の味(ほろ苦み、土臭さまで)がするハーブ。
 新倉さんの分かりやすく流ちょうな説明を聞きながら、口に入れて味と香りを確かめつつ、ビニール袋に入れていきます。
 ミニハウス(通称「ベトコン」)では、野菜を栽培されていました。
 住宅地から工場への通勤者向けに、1960年頃から直売を開始されたそうで、現在は出荷組合で地元スーパー等にも納めているとのこと。
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130506_42_convert_20130509063715.png カブなども筋植えで一斉に収穫するのではなく、ばら撒きし、需要と生育に応じて収穫していく方が、多品目を切らさず供給できるそうです。
 トマトは、雨よけハウスの中で極力水をやらずに育て、根を地中深くに伸ばすように栽培されているとのこと。
 タイムは、紫がかった白い小さな花をたくさんつけています。
 花つきのタイムは、葉だけのものよりずっと香りがいいそうです。
 別のハウスの中では、クレソン・アレノア、スイスチャード(フダンソウ)、ディル、タラゴン等も栽培されています。
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 露地ではオゼイユ(和名・スカンポ)も植えられていました。
 クラシックなフランス料理のレシピにはよく出てくるものの、現在はほとんど手に入らないものだそうで、同行の野菜ソムリエの方も喜んでおられました。
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130506_52_convert_20130509063736.png 線路沿いの畑に移動しました。
 初夏の陽光の下、カモミールの白い花と黒キャベツの黄色い花が咲き誇っています。
 ヤロウは、コショウに似たピリッとした風味があります。
 カレープラントは、名前の通りカレーの味がします。色をつけずカレーの風味だけつけたい時に使われるそうです。
 パンブルネルは、キュウリのような味がするハーブ。
 私がこれまで聞いたことがなかったような珍しいハーブも、数多く栽培されています。
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130506_62_convert_20130509063758.png ルッコラの野生種とも言われているのがセルバチコ。
 その隣には、ネギ坊主に似たシブレットの紫色の花が風に揺れています。
 線路に最も近い辺りは、ローズマリーの群生になっていますした。中には樹齢が30年を越すものもあるそうです。
 ローズマリーにもいくつかの品種があり、さらに同じ品種でも露地栽培とハウス栽培では柔らかさや香りが異なります。
 花の部分も使うか等も含め、様々なシェフの好みに対応できるように工夫して栽培されているそうです。
 話を伺う間にも、すぐ近くを轟音とともに西武新宿線の電車が何本も通過していき、改めてここが大都会・東京の真ん中であることを思い出させてくれます。
130506_72_convert_20130509063821.png なお、比較的規模が大きな一部のパイプハウスは、東京都の防災関係の補助金を活用して建てられたもので、震災時等には、地域住民の一時避難場所として活用できるよう協定が結ばれているそうです。
 都市農業は多面的な機能を有するとされていますが、その一端を目の当たりにすることができました。
 ところで、ニイクラファームの農地は全部で1.7haほどだそうで、ほぼ、日本の平均面積程度(日本全体で約2ha、都府県では約1.5ha)です。
 EU平均で約14ha、アメリカ約170ha、豪州は約3000haなど、欧米等に比べれば非常に小さいのですが、農業を単純に面積だけで評価することの無意味さも、改めて実感しました。
 当然ながら農業のスタイルは(収益も含めて)、作目、取引形態、立地条件等で大きく異なります。
 「都市農業は日本農業の先駆けである」という蔦谷栄一先生の言葉が思い出されました。
 見学会の終了後、田無駅近くの蕎麦・うどん屋で大竹さん達と昼食。
 うどんは地粉を使っていると書いてありました。多摩や武蔵野は、元々うどん文化圏です。
 西洋料理にとってのハーブとは、蕎麦やうどんにとってのワサビや葱のようなものだそうです。添えものですが、無いと味気ないものです。
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 電車の中でビニール袋をそっとあけてみると、辺りが芳香が拡がりました。
 毎日の通勤に使っている路線なのですが、一瞬、違う空間になったような気がしました。
 持ち帰ったハーブは、コップに水を浸して活けてみました。
 しおれてかけていたのが、みずみずしさを取り戻し、今度は部屋中が芳香で満たされました。
 つまみ食いしたり料理に使ったりしつつ、プランターや畑に植えてみようと思っています。
 誘って頂いた大竹さん、ミュゼダグリの皆さん、そして新倉さんのお陰で、楽しく充実したGWの締めくくりになりました。有難うございました。
 なお、この農家見学会の様子は、大竹さんご自身もブログで紹介されています。
 綺麗な写真や正確なハーブの名前も掲載されていますので、ぜひ、こちらもご覧下さい。
【ご参考】
 ◆ ウェブサイト:フード・マイレージ資料室
 ◆ メルマガ :【F. M. Letter】フード・マイレージ資料室 通信
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