【ブログ】「火消し」のために(Jazz HIKESHI #43)

2022年4月23日(土)は夕方から東京・国分寺へ。
 駅北口にほど近い中華料理店で肉あんかけチャーハンなど。ボリュームたっぷりで美味! 地元の大学生等に人気のお店のようです。

 徒歩数分で、ジャズライブハウス Art × Jazz M’s(アート&ジャズ エムズカフェ)へ。
 階段を降りたさほど広くない店内に、続々とお客さんが集まってきます。

この日19時から開催されたのは、Jazz HIKESHIライブ #43。Jazz HIKESHI のライブは久しぶりです。
 登壇者は、伊勢崎賢治さん(東京外国語大学教授、ジャズ・トランペッター)とマエキタミヤコさん(環境広告サステナ、司会)。
 それにスペシャルゲストとして、東京新聞編集委員、元モスクワ支局長の稲熊 均(いなぐま・ひとし)さんです。

 インターネットテレビ局・デモクラTVにより中継されています(現在、アーカイブも無料公開中)。

なお、マエキタさんとは、大地を守る会のフードマイレージ・プロジェクトの関係で以前から面識があり、終了後にご挨拶させて頂くと、最近(ようやく抽選に当たって)世田谷区で体験農園を始められたとのこと。

そのマエキタさんの、次のような言葉で開会。
 「戦争は突然勃発するのではなく、火種が少しずつ膨らんで、ある日突然、天災のように現れたように見える。どこに火種があって、どうすれば小さくできるのか。このライブは『火付け』に負けない『火消し』たちの情報交換の場。
 ロシアのウクライナ侵攻が続くなかで無力さを感じながらも、挽回していくにはどうしたらいいのかを皆さんと考えたい」

伊勢崎さんによる1曲目のトランペット演奏は「ロシアンララバイ」。もの哀しいメロディーです。
 伊勢崎さんは国連職員としてシエラレオネ、東チモール、アフガン等で武装解除や内戦終結に尽力された実務家でもあります。

続いて猪熊さんがマイクを取られました(以下は一部かつ順不同。また、文責は全て中田にあります)。

「私はソ連崩壊直後の1992年、95年から4年間、2005年から2年間と3回のモスクワ駐在経験がある。だいぶ時間はたっているが、現地で見聞きしたことが今回のウクライナ侵攻につながっていると感じる」

 「実は今日(4/23)はエリツィン元ロシア大統領の15回目の命日。そのエリツィンに後継指名されたのがプーチン」

 「1991年のソ連崩壊後、国有財産の私物化競争が始まった。エゴむき出しの市場経済化。汚職もはびこり、摘発されそうになっていたエリツィンを守ったのが元KGB中佐で側近だったプーチン。
 当時の検事総長を女性スキャンダルによって失脚させることにより、エリツィンの資産と生命を守ったことで全幅の信頼を得て、1999年8月に首相に指名された」

「その直後、モスクワのアパートが連続爆破され290人余りが死亡(自作自演とも言われている)。プーチンはチェチェン独立派武装勢力のテロと断定し、電撃的にチェチェンに侵攻・制圧したことで人気が高まり、2000年5月、第2代ロシア連邦大統領に就任した」

「政治的な危機を迎えるたびに、権力を維持するために戦争を利用するというのが『プーチニズム』の本質。2008年のグルジア侵攻、2014年のクリミア併合も同様。
 今回のウクライナ侵攻は、NATOの東進を防ぐという地政学的な国家戦略が名目とされているが、根本的な目的はプーチンの自らの権力維持」

「プーチン政権下では多くのジャーナリストや記者が投獄され殺害された。さらにこの3月には、偽情報等を広めたマスコミには15年以上の懲役を課す等の刑法改正を行った。
 これまでは曲がりなりにも報道の自由があったのだが、現在は、旧ソ連時代並みの情報統制が行われている」

猪熊さんは淡々と、時折りユーモアを交えつつ、恐ろしい(信じられないような)話を続けられます。

伊勢崎さんは昨年11月、北欧でのウクライナ情勢をめぐる国際会議に参加されたとのこと。
 「当時、侵攻はないだろうという見方が多かったが、緊張感にさいなまれていた専門家たちによる侃々諤々の議論の結論は、ロシアは早い時期に必ず侵攻するというものだった」

 「その理由はNATOのアフガン敗戦。自由と民主主義のために20年間闘ってきて、軽装備のタリバンに負けてしまった。茫然自失、戦意はがた落ち。勝手に逃げたアメリカと他国との間に亀裂も生じた。
 いまウクライナに攻め込んでも、NATOは絶対に出兵しないとロシアは分析しているに違いないと。この予測が現実となった」

ここで2曲目。映画『ひまわり』のテーマ(ヘンリー・マンシーニ作曲)です。
 演奏後、伊勢崎さんは「今、この曲は冷静に吹けない」と一言。
 猪熊さんは「心に響いた。映画のロケ地となった南ウクライナのヘルソン地区も激戦地となっている。ひまわりには、再開という意味もある」等の解説。

10分ほどの休憩の後に再開。猪熊さんの分析がづきます。

「プーチンが最も恐れているのは、市民による街頭行動。
 バラ革命(2003年、ジョージア)、オレンジ革命(2004年、ウクライナ)、2010年頃からの中東・アフリカの民主化ドミノ等は、全て大規模反政府デモによるもの。
 プーチンはベルリンの壁崩壊時(1989年)、KGB中佐として東独・ドレスデンに駐在していて、大規模デモによる身の危険を体感した。プーチンは選挙は恐れていないが、市民の街頭行動には大変な恐怖心を抱いている」

「しかし情報統制があるにしても、ロシア国民の多くがプーチンを支持しているのは、ウクライナ(人)に対するロシア人のメンタリティ(差別と偏見、嫉妬や羨望)があるため。
 ロシアには不凍港がないのに対して、ウクライナはアゾフ海や黒海に面している。穀倉地帯もある。何より西側に近い」 

「プーチンが戦争目的とする『非ナチ化』の意味は、正直、自分にもよく分からない。
 ソ連が冷戦の敗者となって崩壊した後、ロシア人を支えてきた唯一の矜持は、ナチスと闘い、世界をナチスから解放したということ。ウクライナは大戦中にナチスに協力したという猜疑心もある。
 その意味で『非ナチ化』という言葉は、ロシア人の中では説得力があり、ウクライナ侵攻の正当性を醸し出しているのでは」

伊勢崎さん
 「しかしロシアは、ウクライナ全土を占領統治できるだけの軍隊は有していない。キーウへの進軍も陽動作戦に過ぎなかった。ウクライナ全土の『非ナチ化』なんてできるわけがない。この辺りを理解しないとプーチンの術中にまんまとはまってしまう。プーチンが必要としているのは、自国民に対するメンツ(「勝った」という結論)だけ」

 「しかも犠牲はウクライナだけに留まらない。ウクライナから食糧や肥料原料をウクライナからの輸入に依存しているアフリカや中東諸国は大きな被害を被る。ウクライナ農業のダメージ回復には時間がかかる。今年、来年あたり、地球規模での飢餓の発生が懸念される」

(ウクライナへの偏見・差別が背景にあるとの猪熊さんの発言に関連して)
伊勢崎さん
 「日本人にも隣国に対して似た感情を抱く人がいるのは事実。差別を煽りたくて仕方ない人もいる」
マエキタさん
 「戦争を止めるために何ができるかを伝えていくべき。偏見があるからしょうがないとあきらめるのではなくて」

これには猪熊さん、伊勢崎さんが声を合わせて「しょうがないとは言っていない!」
 猪熊さんからは「偏見や差別は戦争に利用されやすいということを、認識しておく必要があるということ」と説明。

さらに猪熊さんから、
 「プーチン自身の恐怖心のために多くの人が死んでいる。ロシア兵も、10年間のアフガン戦に匹敵する犠牲者が出ている。
 プーチンは5月9日の戦勝記念日までには『勝った』というかたちを取りたいのだろうが、ウクライナの方が譲れないところもあるだろう」

マエキタさん
 「あきらめずに、国連や国際法を改革、整備していくべきではないか」
伊勢崎さん
 「国連安保理が機能不全に陥っているのは、今に始まったことではない。シリアでは深刻な人権侵害もあった。拒否権という、あえて民主的ではない仕組みにしていることで大国同士の戦争を防いできたという面はある」
 「国連の最初の軍事監視団は、1956年の第二次中東戦争(スエズ動乱)の時。仏と英が戦争当事国だったため安保理は機能せず、総会の議決に基づいて派遣した。カナダ外相だったレスター・B・ピアソン(翌年ノーベル平和賞受賞)という傑出した政治家がいたから実現した」

さらに伊勢崎さんからは、
 「いま必要なことは、ウクライナの人を一人でも多く救うこと、一刻も早く停戦を実現すること。そのためには、建前やブラフに踊らされずにプーチンの真意を読み解くことが必要。
 しかし、特に日本ではプーチンを絶対悪と見なす風潮があり、学者もメディアもちゃんと見ていない。停戦をプッシュしようとすると政治的リスクが大きくなる」

 「それでも日本でも色々な方が声を上げ始めている。私も、今日は詳しく言えないが、停戦実現に向けて政治家への働きかけ等を行っている」等のお話。

マエキタさんからは
 「あきらめてはだめ、掛け声だけでもだめ。伊勢崎さんの働きかけの成果を期待している」との言葉。

気がつくと予定の21時を回っていました。
 まだまだ論点は尽きそうにありませんが、最後の曲に。
 榎本健一(エノケン)が歌った『私の青空』。伊勢崎さんは「狭いながらも楽しい我が家、恋しい家こそ私の青空」と、歌唱も交えて演奏されました。
 演奏後の「一日も早くウクライナの市民が、我が家に帰って家族と一緒に暮らせる日が来ることを願う」との伊勢崎さんの言葉が、この日のイベントの締めくくりとなりました。

伊勢崎さんは、西側からのウクライナへの武器供与は代理戦争に他ならないと批判され、経済制裁はロシアの一般市民に犠牲を強いるものとして反対の立場を表明されています。
 いずれも日本政府の立場とは異なり、一部の国際政治学者等からは「反米左翼」とレッテル貼りされているとのこと。

また、伊勢崎さんのFBでシェアされていたのが、アラビア語講師・コラムニストの師岡カリーマさんの「人として」と題するコラム(東京新聞4/23付け)。
 師岡さんは「ロシア人は人間ではない。獣だ」等の風潮が広がるなか、ナチス、イスラエル、旧日本軍、さらにはヨーロッパ人による南米侵略等の歴史的事実を引き合いに出しつつ、「特定の国民に対する差別的な言葉の拡散は避けるべきでは」と訴えておられます。

むろん、プーチンの蛮行は明白な国際法違反、人権侵害であり決して許されるものではありませんが、伊勢崎さんの主張とともに、このコラムの内容も、心にとどめるべき見方の一つだと思います。

一日も早く、戦火がやみますよう。