【ブログ】2018年7月の福島・浜通り (2)川内村から富岡町へ

(前回から続く。)
 2018年7月15日(日)。
 宿泊した町分オルタナ(福島・川内村)の窓から明るい日が射し込んできて、5時過ぎに目が覚めました。

村内を30分ほど散歩。
 木戸川上流の涼やかな水。広い水田が拡がっています。道端にはお地蔵様。
 お堂の壁には、誕生した子どもの名前を書いたお札が貼られていました。

キキョウに見送られて、8時にOさん宅へ。
 東京のご出身で、社会福祉法人(特別養護老人ホーム)の新設に伴って移住し、スタッフの求人等に尽力され、現在は事務長を務められている方です。

Oさんと、Oさん宅に分宿した皆さん手作りの朝食を頂きました。
 昨日の祭りの日本酒の残りも少し。部屋には心地よい風が入ってきます。軒先にはツバメの巣も。

バスと自家用車に分乗。
 地元出身のFさん(現在は東京で看護師をされているそうです。)の先導により、Oさんが勤められている施設を見学させて頂いた後、山道を登って大平(おおだいら)地区へ。

すばらしい眺望です。2020年のワイン醸造に向けて、広大な面積にブドウの苗木が植えられています。

第3セクター(かわうちワイン株式会社)を設立するなど村を挙げての取組みですが、移住してこられた地域おこし支援員の方達が中心となって担当されているそうです。
 1万本もの苗木は、ボランティアの方達の力も借りて植えたとのこと。将来的にはカフェやレストランの開業も考えておられるそうです。

村の衷心部に戻り、カフェAmazonで一休み(「アメイゾン」と読みます)。

川内村で蓄光タイルを製造しているエナジー会社(本社・大阪市)が、タイ最大の珈琲チェーンの日本第一号店として誘致したとのこと。
 クリームたっぷりの甘いアイスコーヒーは私の得意なものではありませんでしたが、明るく快適な店内で美味しく頂きました。

その後は、いわなの郷へ。
 釣り堀やレストランが併設されている観光施設で、ここではバリアフリー仕様の広いコテージ、大きなホールもある体験交流館等を見学させて頂きました。

最後に直売施設(あれ・これ市場)で買い物をして、川内村を後にしました。
 川内村の皆さま、お世話になりました。

昨日通った県道を、逆に富岡町へ下ります。
 富岡町の一部には今も帰還困難区域が残っており、立ち入り禁止の表示やフェンスが目につきます。川内村とは全く異なる光景が車窓に広がります。

帰還困難区域のすぐ脇に、カフェ・y(ワイ)の瀟洒な建物がありました。
 富岡町の賑わいを取り戻す一助になればと、いわき市出身のWさんが経営されているお店です。さほど広くない店内は、私たち20名ほどで満杯に。

カウンターの中には、鈴木亮さん(双葉地域サポートセンター・ふたすけ)の姿も。料理や盛り付けを手伝っておられます。
 毎月11日に開催されている「結イレブン」(先週は東京・秋葉原で開催)の主催者でもあり、現在は富岡町に移住され、地域の復興に取り組んでおられる方です。

いわき名産・メヒカリの天ぷらも入ったお弁当を頂きながら、亮さんが復興の現状等について説明して下さいました。

食事の後は、亮さんにバスに同乗してもらい、富岡町内を案内して頂きました。

夜ノ森(よのもり)地区へ。
 花見の名所である桜並木は、今も3分の2ほどは帰還困難区域内にあります。立ち入りできないフェンスの向こう側には、補修されないままの建物の姿も。

JR富岡駅前にも立ち寄りました。
 津波で甚大な被害を受けた駅舎は改築され(常磐線もここまで復旧しています)、売店も営業していました。
 無残な姿だった駅前の町並みもすっかり綺麗になり、新しい住宅等の建設が進みつつあります。

昨年4月に避難指示が解除されたばかりの富岡町では、帰還された方はまだ少数に留まっており、厳しい状況に変わりはありません。

しかし亮さんは「セロからの出発ですから。こんなに人口が急増している地域は、日本全国、どこにもありません」と語っておられました。
 献身的に地域の復興に取り組んでおられる亮さんならではの言葉です。

東日本大震災と原発事故から7年と4ヶ月。
 着実に復興が進んでいる様子も、まだまだ元の姿には戻っていない状況も、その両方を自分の目で確認することができました。浜通りの復興は「まだら模様」です。

参加者は、それぞれの思いを胸に刻んで東京への帰途につきました。