【ほんのさわり】蔦谷栄一「農的社会をひらく」

蔦谷栄一「農的社会をひらく」(2016.4、創森社)
 -足元からの自立と協同で農的社会の創造へ-

著者は長く(株)農林中金総合研究所で日本農業論、都市農業、持続的循環型農業等を中心とした調査研究に携わり、農林水産省の各種研究会委員等の公職も務められ、2013年には農的社会デザイン研究所を設立された方です。
 また、自ら山梨県下で自然農を実践するとともに田舎体験教室を主催、銀座農業政策塾の代表世話人も務められるなど、子ども達や都市の生活者を含めた多くの人に「農」の現代的な重要性について積極的に発信されています。

冒頭で著者は「農的社会に1人でも多くの人に触れてもらい、農の持つ社会デザイン(変革)能力を知ってもらいたい」と訴えています。
 「農的世界」とは(一言では言えませんか)生命原理を最優先した社会だそうです。

著者によると、経済市場主義に基づく現代社会では生命が軽んじられ、生きにくく不安にさいなまれていることから、時代は転換期を迎えており、生命原理を最優先する農的社会の到来は必然的であるとしています。
 そして、農的社会の創造のためには、農が持つ社会デザイン(変革)能力-食料自給能力、自立能力、教育能力、生きがい・働きがい能力、文化形成能力-を発揮させていくことが重要とのことです。

また、農的社会の基礎となるのが「コミュニティ農業」。
 これは、4つの関係性(産消提携など生産者と消費者の関係性、農家と地域住民との関係性、都市と農村の関係性、人間と生物・自然との関係性)を構成要素とする農業を指します。

そして、社会を変えていくためには、1人ひとりができることを地域・現場で積み重ねていくことが「最も現実的な対処策」であるとし、「すべての市民国民が置かれた状況に応じて農業に参画し、喜びと悲しみをともに体験することで、農的社会の創造に参画していくこと」に期待をかけられています。

引用されている著者自身の経験と交流に基づく多くの事例やエピソードは、本書に厚みと説得力をもたらしています。
 特に、山梨の“百姓” H氏(85歳)の語録(「稲も里羊も決してウソは言わない」「水、空気、土が人間を生かしてくれる」「物と心は反比例する」等)は、圧巻としか表現しようがありません。

(参考)農的社会デザイン研究所
 http://www.nouteki-design.com/

【F.M.Letter No.103; 2016.10/1 掲載】