-古川日出男『馬たちよ、それでも光は無垢で』(2018.2、新潮文庫)-
https://www.shinchosha.co.jp/book/306073/
作者は1966年、福島・郡山市生まれ。実家はシイタケ農家で、原発事故の際には出荷制限を課されたそうです。
2011年3月11日、作者は取材のために京都市に滞在していました。
最初は「関西でも長い地震はあるのだな」と感じただけでしたが、ホテルに戻ってテレビを付けたとたん画面に釘付けになります。火柱を噴き上げるコンビナート、水没した空港の滑走路、茶色い濁流に呑み込まれる無数の車輛・・・。
やがて作者は、日付や曜日の感覚を失い、「神隠しの時間」の内部に囚われます。
「どうして犠牲者は私でないのか。のうのうと生きている理由を述べろ」という罪悪感に苛まれるなか、「声」が聞こえました。「そこへ活け。見ろ」と。
作者は「浜通りに行かなければならない」と決意し、出版社の知人とともにレンタカーで相馬地方に入ります。
そこで目撃したものは津波の「洗いざらいのパワー」。鉄骨だけが残る建築物の断面、百もの千もの部分(パーツ)の集まりである瓦礫、冠水して「死んだ」田圃、そして相馬神社境内の傷ついた馬たち。
気が付くと、レンタカーには同乗者が増えていました。かつて執筆したメガノベル『聖家族』の主人公の一人です。彼は、言葉を失っていた作家に「書け」と語りかけます。ルポルタージュは、ここで鮮やかに小説に転換します。
彼は、「できること」をします。傷つき飢餓状態にあった白馬を、閉じ込めてあった埒(らち)を開け放ったのです。解き放たれた白馬は歩き出し、すばらしく透き通った光が育てている雑草を食み始めます。ここで「死」の文章は終わり、再生の物語が始まります。
東日本大震災と原発事故から7年9ヶ月。
忘れかけていた、ひりひりするような当時の感覚を、この小説は思い出させてくれました。
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出典:F. M. Letter -フード・マイレージ資料室 通信-
https://archives.mag2.com/0001579997/
No.157