−西川芳昭『食と農の知識論-種子から食卓を繋ぐ環世界をめぐって』(2021/2、東信堂)−
https://www.toshindo-pub.com/book/91638/
1960年、奈良県の採種農家に生まれた著者は、大学で作物遺伝学を専攻し、現在は龍谷大学において、重要な遺伝資源である種子の持続可能な保全と利用方法等について社会経済的な観点から研究されています。
近年、SNS等において不安を煽るような誤った断片的な情報が氾濫しています(在来種の自己増殖が禁止される、多国籍企業による遺伝子組み換え種子に席巻される、かびないパン、食べてはいけない・・・等々)。そして、これらに騙され信じる人が増えていることを著者は強く憂慮しているとのこと。
例えば、主要農作物種子法の廃止や種苗法改正に反対する主張には、科学リテラシーや法律知識が不足しているものが多く、なかには明らかに非科学的なデマ(問えばF1が少子化につながる等)もあると著者は指摘します。
そして、これら混乱の背景には、多くの人が実際に種子に触れたこともないことに原因があるとしています。
本書のキーワードとなっている「環世界」とは、もともと生物学の実験から出てきた概念で、異なる生物(例えば私とあなた)は、同じものを見ていても(同じ情報を得ても)、認識の内容(賛成か反対か等)はまったく異なるというものだそうです。
つまり、私たちが認識している世界とは決して「客観的」なものではなく、あくまで認識した主体により抽出・ 抽象された主観的なものであることから、他者の環世界が存在することを受け入れ、想像することによって、初めてコミュニケーションが可能となるのだそうです。
本書において著者は、実際に作物を育て、種を採り続けてきた農業者の方たちの「環世界」を提示することを試みています。例えば、「種をつけて枯れ果てた姿に、野菜の本当の美しさを感じる」等の、長崎・雲仙の生産者の方の言葉を紹介しています。
また、著者は、食べるという行為は日常とあまりにも強く結びついた行為で、著しく個人的、身体的であると同時に、社会や経済と不可分な政治的行為であることを認識する必要があるとも主張しています。
単純で分かりやすい情報に身をゆだねることなく、自ら判断し行動することが、一人ひとりの市民に求められています。
(参考)
龍谷大学経済学部 西川芳昭研究室
https://nishikawa-yoshiaki.jimdofree.com/
出典:
F. M. Letter -フード・マイレージ資料室 通信-
No.243、2022年5月30日(月)[和暦 皐月朔日]
https://www.mag2.com/m/0001579997.html
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