−火野葦平『麦と兵隊』(1960/8、角川文庫)−
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1938年5月、芥川賞を受賞したばかりの火野葦平は、日本陸軍支那派遣軍の報道部員として徐州作戦に従軍します(大量の宣伝ビラを撒くのも任務の一つでした)。
一時は火野自身も行方不明になったと報じられるほどの激戦の中、手帳に記した記録をもとに書かれたのが本書です。同年8月、「銃後」の日本で発表されるとたちまちベストセラーとなり、関連して作成された歌謡曲や映画も大ヒットしました。
本書で印象的に描かれているのが、一面に続く麦畑の光景です。
「見渡す限りの青々とした麦畑が、何時までも、何処までも続き」「まるで海のようだ」「どこまで行っても麦畑から逃れることができない」等と繰り返し描写され、あるいは「麦畑の土にこびりついた生命力の逞しさに圧倒されるよう」とも記しています。
しかし、種を蒔き、育て、刈り取るべき農民は、戦火を逃れるために不在です。その「無主」の麦畑の中を、火野の所属する部隊は進軍を続けます。中国軍が陣地を構えている集落を攻撃し破壊する様子、子どもを連れた母親など避難民の姿なども描かれています(現在のロシア軍によるウクライナ侵攻を想起せざるを得ません)。
そして最後の場面。火野は麦畑の中で、3人の捕虜が斬首されるのを目撃します。
火野は、その凄惨な光景に思わず目を背けたました。そのことで「私は悪魔になってはいなかった。私はそれを知り、深く安堵した」と心情を吐露しています。
なお、本書が最初に出版された時は戦時中で、検閲が行われ、作者には無断で27か所の削除訂正がなされたとのこと。最後の凄惨なシーンも、戦後、火野が記録と記憶をもとに補筆した部分とのことです。
出典:
F. M. Letter -フード・マイレージ資料室 通信-
No.245、2022年6月29日(水)[和暦 水無月朔日]
https://www.mag2.com/m/0001579997.html
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