−中村光博『「駅の子」の闘い−戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史』(2020年1月、幻冬舎新書)−
https://www.gentosha.co.jp/book/b12871.html
終戦直後の日本の都市は、戦地や空襲で父母を失うなどして行き場をなくした孤児たちで溢れていました。
全国の戦争孤児の数は、終戦から2年半後に行った厚生省の調査でも全国で12万3千人にのぼったそうです(終戦直後はさらに多かったと思われます)。
雨風をしのぐために焼け残った駅舎で寝起きする子どもたちは、「駅の子」とも呼ばれました。
NHKのディレクターである著者は、戦後70年を経た特別番組制作のため、元「駅の子」達に対する取材を試み始めました。しかし多くの方からは、戦争孤児であった過去には触れられたくない、周りに迷惑はかけられないと断られたそうです。一方で、後世に伝えなければという義務感から積極的に取材に応じて下さった方もおられました。本書は、その貴重で悲惨な証言集です。
彼らの日常は、飢餓との闘いでした。
ある朝、一緒に寝起きしていた小さな女の子が餓死しており、その死体は「ポイっと箱に放り込まれてどっかに行っちゃった」との目撃談。
一人残された妹の食べものを手に入れるために、仲間とともに窃盗やスリにも手を染めたという男性の証言。手に入った金のほとんどは、闇市の屋台での「バカ食い」に使ってしまったそうです。
ある女性は、上野駅の地下道で過ごしていたことを、45年間連れ添った亡き夫に最後まで伝えることができなかったそうです。「国は私たちにおにぎり一つくれなかった。私たちに人知れず死んでいった子どもたちがいた事実を忘れてはならない」と語ります。
野良犬に残飯の漁り方(傷みの少ないバケツの上の方から食べる)を教わったとする男性。闇市には食べものが溢れていたのに自分たちに注意を向ける大人はおらず、冷たい扱いを受けたことは忘れられないとの証言も。
本書のあとがきには、「戦後75年、まだ知られていないこと、語られていないことはたくさんある。それは現代の様々な問題とも『地続き』のはずだ」と記されています。
出典:
F. M. Letter -フード・マイレージ資料室 通信-
No.248、2022年8月12日(金)[和暦 文月十五日]
https://www.mag2.com/m/0001579997.html
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