今も続く水俣、そしてフクシマ

 9月17日(土)、東京・水道橋のYMCAアジア青少年センターで「カナダ水俣病講演会」(NPO水俣フォーラム主催)が開催されました。
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 実川事務局長、熊本学園大学水俣学研究センター長の花田昌宣先生の挨拶・開催経過説明に続き、カナダ・ウィニペグ市在住の大類義監督の挨拶と「カナダ先住民と水俣病」の上映。そして後半は、前・熊本学園大学水俣病研究センター長の原田正純先生の講演と、カナダから来られた4名の方をお迎えしてのパネルディスカッションが行われました。
 水俣病の解明と解決(現在も続いています。)に尽力されている原田先生が、カナダにも水俣病があるようだと聞かれ最初にオンタリオ州を訪ねられたのは1975のことだったそうです。臨床調査と髪の毛の分析から、水銀汚染が住民の健康に悪影響を及ぼしていることが明らかとなりました。しかしカナダの行政は、現在も公式には認めていないとのこと。
 被害を受けているのは先住民の皆さんです。カナダにおけるパルプ産業は主幹企業の一つであり、その発展のために少数派の先住民は強制移住をさせられ、一方的に「公害」の被害者になっているのです。その構図は、高度経済成長の前に水俣の漁民たちが切り捨てられたのと同じ、というのが原田先生の主張です。
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 経済の発展・成長は、私たちに多くのメリットをもたらします。おかげで私たちは快適な生活を送ることができます。しかし、物事には必ず負の部分、マイナスの面があり、それが都会に対する地方、多数派に対する少数派の方に、一方的に背負わされているという構図があるというのです。
 カナダからの参加者の一人(パンフレットによると「被汚染者」の方)が最後に発言され、「汚染源は現在の消費生活そのもの。私たちはわずか750人で暮らしているが、東京に来て人の多さに驚いた。生活のあり方を見直していくことが必要」との言葉は、重く受け止めなければなりません。
 この方は今回の原発事故の問題にも言及されました。「狩猟に毒を用いるアイヌの方は、ちゃんと毒消しの技術も持っている。ところが日本人は、放射能の毒消し技術を持ち合わせないまま、どうして原発を推進してきたのか」。会場からは拍手。
 フクシマの問題も、快適な生活を送るために、原子力発電という「負の部分」を、地方に背負わせてきたという点では水俣と似た構図があります。むろん、都会に住む私たちが、必要以上に後ろめたさを感じる必要はありませんが、自らの便利で快適な生活の背景に何があるのか、そのために誰かに何かを押しつけているのではないか(現に押し付けていることが今回の原発事故でも明白になったわけですが)ということを、常に意識する必要があるのではないでしょうか。
 休憩時間中に原田先生にご挨拶し、短い時間ですが雑談させて頂きました。かつて熊本在勤中、原田先生の講演や講義、環境ネットワークくまもと(かんくま)主催の「水俣エコツアー」に参加させて頂いたことがあります。 
 福島産の農産物を「食べて応援」する取組について、どのようにお考えか聞いてみました。
「放射能にはもともと絶対的な安全基準などは存在しない。半ば冗談で、70歳以上の者で引き受けて食べようなどと話すこともあるけれども、排泄物はどうするのかという問題もあるしね。」
 あっ、そうか。
 放射性物質を含む食品を食べた場合、その一部は体内に残留(つまり内部被曝)するものの、その他は排泄され、環境に放射性物質が拡散することになります。仮に食べることによって全ての放射能を引き受けようとしても、それは不可能なのです。つまり私たち人間の存在自体も、自然の物質循環、環境の一部であるという、いわば当たり前のことに、改めて気づかせて頂いた次第です。
 原田先生のご講演では、カナダ先住民の文化のことについても触れられていました。
 狩猟を生業としていた彼らは、生き物のなかには先祖の魂が入っていると考えているそうです。つまり獣や鳥、魚を殺して食べることは、先祖の命を頂く、先祖の命をつないでいく、という意味があるのです。
 飽食に馴れてしまった私たち日本の住人は、自分たちの食を、未来にどのようにつないでいくのでしょうか。