2017年9月9日(土)。
午前中の喜多見農業公園から経堂へ移動。徒歩3分ほどのところに生活クラブ館があります。
ここで13時30分から開催されたのは、NPO法人コミュニティスクール・まちデザイン(CSまちデザイン)主催による「あなたの情報は間違っている!?~放射能問題を正確に知り、福島の農業を再生するために」と題する市民講座。
講師は石井秀樹先生(福島大学うつくしまふくしま未来支援センター農・環境復興支援部門特任准教授)。
昨年11月のCSまちデザイン主催の研修ツアー「福島県沿岸の有機農業生産者を訪ねる旅」の際には特別講義を頂き、翌日もバスに同乗して色々と現地を案内して下さった方です。
冒頭、CSまちデザインの大江正章理事(コモンズ)から開会の挨拶と石井先生の紹介。
「原発事故から6年以上が過ぎたが、今も漠然と怖がって福島の農産物を避ける人は少なくない。東京の消費者にも正確な情報を伝え共有するため、今日のセミナーを企画した。
石井先生は、現地の人と協働して原発事故問題に取り組んで来られた方。当たり前のように聞こえるかも知れないが、そのような研究者は多くはない」
石井先生からは、多くのスライドを映写しながら、概要、以下のような説明がありました(文責・中田)。
「地域の方達と協働して、という紹介を頂いたが、未曾有の事故を前にあたかも空中戦のように様々な情報が飛び交う中、どうすればいいか分からなかった。現地に赴いて住民参加のもとで取り組んでいくのが手っ取り早く、確実だと思ったというのが、本当のところ」
「現在の研究テーマは、水稲の試験栽培(水や大気をセシウム供給源とする環境要因解明)、福島市の全水田・果樹園の放射能計測とマップ化、全袋検査と連動させた水稲の低減対策の検討。JAや生協蓮とも協働して行っている」
「事故の時は埼玉にいたが、自分自身も大きな不安を感じた。多くの人が、より安全な食べものを求めようとしたのは当然の反応。
拠り所がないと、どんどん不安が高まる。きちんと検査をして、自分の置かれている場所が見えてくれば無用の心配はなくなる」
「2011年の福島県の農業産出額は前年から34%減少した。福島の農業の特色は少量多品種、地域も広く食文化も多様。それが底力でもある。
一方、担い手不足など全国の農村一般が広く抱える構造的問題が、原発災害からの復興を阻んでいる面もある」
「原子力災害の苦しみの特徴は『ダブルバインド(二重拘束)』。放射線の健康被害に対する評価にも幅があり、住民同士の分断や地域間の格差が生じている。
『安全』は客観的なものだが『安心』は主観的なもの。放射能対策は自然科学的な問題であると同時に、きわめて社会科学的な問題」
「福島原発事故によるストロンチウムの土壌汚染はチェルノブイリ事故に比べて非常に少なく、福島県中通り地区のストロンチウム汚染も、1950年代以降の米ソによる原水爆実験由来の全国的なストロンチウム汚染に比べても、特に高いわけではない」
「現在、福島県の農産物は、山菜等を除いて総体としては安全は確保されていると言える。しかし、仮に高リスクな事象が一つでも判明すると、それが社会的に認識されるリスクの高さになる。心配する人が悪いわけではない。自分も子どもができて、より気持ちが分かるようになった」
「ヒマワリなど植物の除染効果は乏しいことも明らかになった。植物への移行係数が小さかったお陰で、現在の 農産物の数値は低いものとなっている」
「農産物の安全対策のためには、検査対策(モニタリング等)と同時に、生産時の対策(実態把握と、土壌・水など栽培条件の制御による低減対策)が重要。
そもそも農業生産には人間の裁量が利く(自然を制御できる)という特徴がある。福島は有機農業が盛んな地で、作物を育てるために知恵を絞ってきたという生産者のマインドがもある」
「地域における生産条件は多様。JA等と協働してほ場1枚ごとの放射能を計測し、営農指導データベースを構築した。いわば農地のカルテ作り。土壌だけではなく水環境要因が重要であることも明らかになった」
「計測には、全国の生協などから延べ361人のボランティアが参加。一緒に調べることでプロセスの透明性が確保されるだけではなく、相互理解の促進(分断の解消)にも効果があった。
単なる結果の数字だけではなく、基準値以下のものが生産できているという対策の内容を知ってもらうことができた」
「現在、福島県の農産物は、山菜等を除いて総体としては安全は確保されている。ようやくここまできた。しかし、やらなければならないことは、まだ、たくさんある。
仮に高リスクな事象が一つでも判明すると、それが社会的に認識されるリスクの高さになる。心配する人が悪いわけではない。着実に対策を進めていくことが将来の世代に対する責務でもある」
会場の参加者との質疑応答では、全量検査についても質問となりました。
石井先生「全量を検査できるのは米、あんぽ柿など保存できるものだけで、翌日に出荷されるような野菜等はモニタリング検査とせざるを得ない。検査結果の数値が低いということだけだけではなく、生産対策がぬかりなく取られていることにも関心を持ってもらいたい」
「消費者にどう伝えていけばいいか」との質問には、
石井先生「一筋縄ではいかない問題。怖いと思うのは正当。ただ、事故後、福島産を避けるという選択肢しかなかったことが問われるべきではないか。信頼できる生産者との関係性がほとんど構築されていなかった」
また、福島大学には40年ぶりに国立大の農学部(農学群食農学類)ができることについても紹介がありました。
最後に、CSまちデザインの近藤惠津子理事長から閉会の挨拶。
今年も11月11日(土)~12日(日)に福島の実情を知るための研修ツアーを企画しているそうです。
この日は、石井先生の奥様と子どもさんも見えられていました。
お母さんに抱かれて後ろにいた子どもは、セミナーが終わったとたんに先生に駆け寄っていました。
東日本大震災と原発事故から6年半が経過しましたが、米など依然として震災以前の価格水準に戻っていない品目も多くあります。もっとも、今も福島県産を取り扱わない大手流通業者もあるそうで、消費者の問題だけではないようです。
いずれにしても(福島に限らないことですが)産地や生産者との関係性を構築・回復していくことが、消費者にとって(自らの安心のためにも)重要であることを再認識させられたセミナーでした。