2018年7月14日(日)朝の7時過ぎ、一台のバスが新宿駅西口を出発。
第53回天山祭りが開催される福島・川内村(かわうちむら)に向かいます。
呼びかけて下さったのは、NPO「元気になろう福島」理事長の根本二郎さん(いわき市出身、元新宿区議)。
乗客は18名、他に5名がJRや自家用車等で向かっています。
根本さんが役員をされている東京・福島県人会の方が多いようです(私がほとんど最年少?!)。
ところが激しい事故渋滞で常磐道に入るまでに2時間を要してしまいました。
その後は快調。千代田PAで休憩した後、やがてバスは福島県へ。
楢葉町辺りでは、車窓から除染廃棄物を入れたフレコンバッグの姿が見えます(だいぶ数は減りつつありますが)。
常磐富岡ICを下りる頃には、開会式の時間は過ぎつつありました。
富岡から川内に向かう県道は、2011年3月の原発事故の際には避難する自動車で大渋滞だったそうです。
そして、避難者を懸命に受け入れていた川内村の方たちにも間もなく避難指示が出され、一時、川内村は全村避難となりました。
なお、川内村の警戒区域は翌年4月に、避難指示準備区域も2016年5月に解除され、現在は7割以上の方が帰還しているとのこと(高い帰還率です)。
やがて平坦な地が拡がってきました。
川内村は浜通り地方でも阿武隈山地の内陸部にあり、村の9割を森林が占め、モリアオガエルの生息地(天然記念物)があることでも有名です。
第53回天山祭りの会場・天山文庫に到着したのは正午前。
受付で朗読される詩集などを頂き(文庫本も購入)、天山文庫の前庭へ。
すでに開会式は終わり、緑のなかで、様々な方による草野心平の詩の朗読が行われていました。
天山祭りとは、川内村とゆかりの深い詩人・草野心平(いわき市出身)の遺徳をしのぶため、毎年7月第2土曜日に開催されています。
その心平から寄贈された蔵書3,000 冊を収めているのが天山文庫で、村民挙げての労働奉仕によって1966年に建てられました。
入り口の扁額は川端康成の書によるとのこと。
なお「天山」とは、ここが交流の拠点になるようにと、東西の交流・シルクロードにそびえる山脈になぞらえて心平自身が命名したそうです。
やがて鏡が割られ、日本酒やビールで乾杯。
舞台では、地元の高校生の皆さんによる獅子舞が披露されます。
地元の婦人会の皆さんが朝早くから準備して下さったお弁当を頂きました。名産のイワナの燻製もついています。
木漏れ日の下で頂く食事は格別です。
続いて、東京から参加したソプラノ歌手・鈴木葉子さん(いわき市出身)によるコンサート。
最初は門下生の皆さん(バスでご一緒だった方たち)によるバックコーラス付きの「てるてる坊主の歌」。
五輪を模した5色の衣装を着た方たちによるユルいダンスは、地元の方たちにも大受けでした。
続いて、苦難の歴史を刻むスペイン・カタルーニャ地方の民謡「鳥の歌」等を独唱。
澄んだソプラノが緑のなかに染み込んでいくようでした。
最後は参加者全員が列になり、池をめぐって踊ります。
祭りは15時過ぎに終了。
この夜は数カ所に分かれて宿泊です。
私は10名ほどのグループで「町分オルタナ」へ。
移住者であるNさんが保育園だった建物を改装し、民宿やイベント会場として運営されています。
チベットの旗やNさんご夫妻描かれた絵が飾られています。
シェアハウスにもなっていて、花屋を目指しているという女性が住んでおられました。
16時頃に温泉「かわうちの湯」へ。露天風呂もあり、快適です。
風呂上がりにここでも缶ビール。
そして18時頃から懇親会。
会場は、天山祭り実行委員長でもあるIさんが経営されている蕎麦酒房・天山です。
立派な梁もある古い民家を改装した建物で、心平直筆の軸や色紙が飾られています。
地元の方、東京からの参加者など多くの人が集まりました。
野菜を中心とした心づくしの料理の数々が大皿で並べられています。鰹のタタキは心平の好物だったそうで、この日もいわき市から取り寄せたそうです。
Iさんのいち早く帰村し地域づくりに取り組んでこられたIさんの発声で、福島の地酒等で乾杯。
移住してワインづくりに取り組んでいる方などもおられます。婦人会のお揃いの緑のTシャツ(かえる、かわうち)が素敵です。
21時過ぎまで盛り上がりました。
宿に戻ってそのまま布団へ。
夜に入ると涼しくエアコンは不要。東京とは大違いです。(2日目に続く)