司馬遼太郎『潟のみち』(2008.10、朝日文庫(街道をゆく9))
https://publications.asahi.com/kaidou/09/index.shtml
「農業というのは、日本のある地方にとっては死に物狂いの仕事であったように思える」
本書の冒頭の文章です。
1975年11月、新潟・亀田郷(現在は新潟市の一部)を訪ねる作家は、それに先立ち、亀田郷の土地改良の歴史と現状を描いた映画を観て衝撃を受けます。
そのなかでは、昭和30年ごろまで、淡水の潟にわずかな土をほうりこんで苗を植え(というより浮かせ)、田植えの作業には背まで水に浸かりながら背泳のような姿勢で行われている様子が記録されていました。
映画を観終えた作家は、しばらくぼう然とし、「食を得るというただ一つの目的のためにこれほどはげしく肉体をいじめる作業というのは、さらにはそれを生涯くりかえすという生産は、世界でも類がないのではないか」と記します。
(「オーシャン・カレント」欄で触れた亀田縞は、このような風土の中で生まれ、育まれてきたものです。)
そして実際に亀田郷を訪ねた作家は、巨大なポンプによって排水することで水田地帯となっている様子を見、名物理事長と言われた佐野藤三郎氏や、大正末期の小作争議に関わった方たちとの面会を通じて、この地が豊かな農地になるまでの長い苦難の歴史を実感するのです。
同時に作家は、そのように苦労して造成された農地の多くが、現在は宅地化され、あるいはラブホテルが立ち並び、ゴミが捨てられている景色も目の当たりにし、「1億人の人間が土地を投機の対象と信じていること自体、経済的狂人の社会でしかない」と嘆きます。
この辺りから、作家の生涯のテーマとなる土地所有の問題(私有か公有か)が芽生えたのかも知れません。
[参考]亀田郷土地改良区
http://www.kamedagou.jp/
*****************************************
出所:F. M. Letter -フード・マイレージ資料室 通信-No.169
https://www.mag2.com/m/0001579997.html
(過去の記事はこちらにも掲載)
https://food-mileage.jp/category/br/