【ブログ】谷さつきさんの未来モデル(第2回 食農市民談話会)

2021年7月13日(火)、第2回 食と農の市民談話会がオンライン開催されました。複雑な食と農の課題を「自分ゴト」にすることをねらいとした会です(毎月第2火曜日開催、全6回)。

 定刻19時を回り、主催者であるNPO市民科学研究室の上田昌文代表から開会あいさつ。市民研でも福島・被災地の関係では様々な方々と関わってこられたとのこと。

この日、話題提供を頂くのは、福島・大熊町の帰還困難区域内で牛を飼っておられる谷さつきさん。もーもーガーデン、(一社)ふるさとと心を守る友の会の代表です(ホームページはこちら、FBページはこちら)。

 夏を迎えて牧場の仕事も含めさらにご多忙となっている中、ボランティアで話題提供をお願いしたところ、快く引き受けて下さったのです。
 なお、谷さんは、いとうせいこうさん『福島モノローグ』冒頭の章にも語り手として登場しておられ、2017年にはふくしま復興塾第5期グランプリ、19年には第5回 日本復興の光大賞を受賞されています(牧場のお仕事以外でもお忙しい方です)。

出典:もーもーガーデンHPより。

谷さんのお話に先立ち、進行役の中田(黒子)からグラフを一つ紹介。月2回配信している個人のメルマガからのものです。

 畜産物の自給率は比較的高い(黄色の棒グラフ)ものの、飼料自給率を考慮すると非常に低い数値(緑)に。これは日本の畜産が輸入飼料に依存しているためで、放牧等を通じた飼料の自給は食料自給率全体を高めるほか、地域の環境や景観保全にも大きな役割を果たすことになること等を説明。
 果たして、谷さんの話にうまくつなげることができたでしょうか。

そして谷さんからの話題提供。
 「牛力草刈りで、あたたかい復興」と題するスライドを共有して、概要、次のように説明して下さいました(以下、文責は中田にあります)。

「大震災と原発事故を奇跡的に乗り越えた牛たちが、青々とした大地で生き生きと草を食む風景は、この地に帰る人、訪問する人々、通過する人々に感動を与えている。
 安らぎと潤いを与える自然豊かな環境を再生し、復興に貢献していきたい」

「私は静岡の出身、東京で勤務していた時に東日本大震災が発生。テレビニュースで取り残された牛たちの映像を見て、何とか牛を助けたいと浜通りに通うようになり、やがて福島に移住。現在は楢葉町に住んでアルバイト等もしながら、人・動物・その他自然が調和した循環型空間を目指して活動している」

(当日の谷さんの説明資料より)

「「もーもーガーデンとは、もー(牛)が Mow(草刈り)するガーデン。
 牛の習性を生かしたエコ草刈りで未利用資源(雑草)を活用しつつ、農地や環境・景観を回復・保全。キウイ棚の再生や野菜・果樹の試験栽培等も行っている」

 「場所は、福島・大熊町の帰還困難区域内にある。面積は約7ha」

「東京電力福島第一原発事故により設定されている帰還困難区域は、日本でもっとも厳しい制約のあるところ」

 「立ち入りも厳しく制限され放置されていた農地は、セイタカアワダチソウなど雑草や樹木が生い茂っていた。生産力の高い日本の農地は3か月で荒廃、ジャングル化してしまう。
 ここに牛を放牧すると、ヨダレを垂らしながら『牛だけと、うま~!』(笑)と草を食べてくれ、見事に輝くような農地が再生された。
 私はそれまで牛との接点はなかったが、牛のちからに感動した」

「もぐもぐと雑草を食べてくれる牛は、まさに自然の造園士。
 見えなくなっていた草花や、放置されていたキウィ棚が息を吹き返した。毎年のように発見がある。地主さんや県外からのボランティアなど、人の笑顔が集まる場所にもなってきた」

 「野生のクマやイノシシが出てこなくなり、住民の方も一時帰宅しやすくなった。避難を強いられ、先祖伝来の土地を守れないという罪悪感を持っておられる方も多い」

「福島の農業は多くの課題に直面している。まさに課題先進地。
 帰還困難区域では避難が長期化し、高齢化・後継者不足が深刻となっている。景観も悪化し、山林火災や不法投棄のリスクも高まっている」

 「しかし、これらは日本全体の課題でもある。日本の総土地面積の7割、耕地面積の4割を占める中山間地を中心には高齢化・過疎化・荒廃化が進行している。
 一方で就農を希望する人も多いが、うまくマッチングするシステムは十分に整備されていない」

 「これら課題に直面するなか、もーもーガーデンでは、自主的に、末永く、省力的に地域を守る活動をしている。一度は見捨てられた牛たちは、放牧され、元気にのびのびとお腹いっぱい草を食べることで、飼料費などコストも軽減され、農地や景観を保全している。
 野生動物は自ら山へ戻り、穏やかに人里との住み分けができるようになった。病害虫の発生も抑制され、生態系のバランスが整って生物多様性も回復している」

 「これら地域にとっての効果だけではなく、国内や海外にとっても荒廃農地解消、飼料自給率UP、経費節約と省力化、環境保護等のモデルとなると考えている」

「様々な背景、立場の方々が、多様な関わり方で協働してくれている。放射能や復興についての考え方も様々。
 帰還された方や避難中の方、県外や海外の方、高齢者から若者、障がい者、(私のようなか弱い)女性、子育てや介護をされている方が協力して下さり、得意なことを生かして活躍して下さっている」

 「草などの未利用資源を利用することで飼料を自給すると同時に、環境を保護することができる。ひいては海外の土地と食料や環境を守ることにもつながる。
 もっとも困難な場所で実現できているもーもープロジェクトの取組みを、『被災地』ではなく『未来のモデル』として、国内/海外に向けて発信していきたい」

後半は質疑応答と意見交換の時間です(今回も定刻の21時にいったん終了、30分ほど延長しました)。
 単身で福島に行く決心(「冒険」と表現された方も)をされた気持ちについては、
 「お昼のニュースで、牛舎の中で牛がバタバタ倒れている映像が流れていた。人は避難できたが、家畜は置き去りにせざるを得なかった。誰かが助ける活動をしているだろうと調べてみると誰もやっていないことが分かり、自分がやれることをやろうと思った」

 「避難指示が出ても、家畜を大事に思って避難しない農家の人もいた。消費者の人にはイメージがわかないかもしれないが、長い間、家畜と共存して、家畜に絶対ひもじい思いはさせないという思いが強い人も多い」

 放射能が怖くなかったですか、との質問には、
 「最初は知識もなく怖かった。ネット等で世界中の資料を検索しまくり、リスクを認識した上で納得して行った。もし行かずに牛たちを見捨てていたら、そのストレスで私は早死にしたかも知れない」

 「行って初めて分かったことも多かった。現地は真っ暗で信号も灯っておらず、道路も破損しているなど、放射能以外にも多くのリスクがあった」

 「放射線量については、現地で自分でも計測している。空間線量だけではなく、土壌や草、牛糞まで計測しているのは世界でも他にないのではないか。調べてみると、放射能が土壌から草や牛糞に移行する程度は非常に低いことも分かった。
 自分で計測したデータは信頼できる。実感、体感することで自分の中で安心、納得できる。計測したデータはホームページでも公開している」

 もーもーガーデンの運営経費については、
 「町からの補助等は一切なく、地元や全国からのサポートで成り立っている。柵用のパイプを大量に送ってくれた方もいた。ボランティアの方達も、みんな自費で来て下さっている。
 私自身もコンビニや塾でアルバイトをしてきた」

畜産は温暖化ガスの排出が多いのでは、という質問には、
 「牛はメタンを排出(げっぷ)するため地球環境への負荷が大きいと言われるが、放牧することで、それを補って余りあるほどの温室効果ガスを土壌に貯留するいう研究成果もある。単なる草地以上に、牛が食べること(放牧)で効果があるという研究も。これらについて実際に測定し、研究者の方と論文としてまとめていきたい」

 「IOT技術で牛の位置を遠隔管理するなど、高齢者等の負担となる柵を設置しなくても放牧できる技術の研究も進めたいと思っている」

長年にわたり、もーもーガーデンの活動を支援されているという愛知県在住の男性からは、
 「運営経費についてはサポーターの寄付だけで賄っているが、それも減ってきている。できればホームページから支援をお願いしたい(里親は年間1頭1万1千円)。
 コロナ禍の下だが現地は密ではない。ぜひ現地に来て頂き、自らの感性で感じてほしい。ただ立ち入り許可が必要なので、事前にもーもーガーデン宛てにメール等で連絡して頂きたい」等の発言。

最後に主催者である市民研・上田代表からは、
 「困難に直面した時に、自分で調べ、現地と関わって活動が成り立っている。自ら困難を切り拓いている谷さんの活動は、まさしく市民科学そのもので、感動的なお話だった。市民研からも何人かで訪れたいと思う」等の感想を頂き、この日の座談会は終了です。

谷さつきさんが帰還困難区域で牛を飼っている理由は、単に牛たちを救うためだけではなく、未来に向けての世界的なモデルを提示するということにあることが理解できました。
 毎日の暑い中の牧場でのお仕事はじめ、大変ご多忙のなか有難うございました。参加者の皆さんの心に刺さるところは多かったと思います。
 私もコロナ以降、ほとんど福島を訪ねられていませんが、ぜひ、近いうちにお伺いしたいと思います。

 なお、当日の動画アーカイブは有料(500円)でどなたでも視聴することができます。多くの方に、谷さんの肉声を聞いて頂ければと思います。

次回の食と農の市民談話会は、8月10日(火)、農業ジャーナリストの榊田みどりさんから「現場から見える日本の食、農の課題(仮)」と題して話題提供を頂く予定です。
 多くの皆様の参加をお待ちしています。