【ブログ】白川真澄さん「BIをめぐる論争を読み解く」(座標塾)

2021年7月16日(金)には関東地方でも梅雨明け。とたんに猛暑続きです。

 自宅近くの市民農園。
 キュウリは実を付け続けててくれていますが、水不足が心配な季節になりました。近所のの運の庭先には白い花びらの向日葵。イロハカエデの種は、今にも青空に飛び立ちそうです。

7月12日(月)の夕刻は、毎月1回の奥沢ブッククラブ(第69回)に参加。

 毎回恒例、前半はおススメ本の紹介。
 福岡伸一『新版 動的平衡』、小川洋子『物語の役割』、キャンベル『チャイナ・スタディー』、 サフォン『風の影』、若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』など、今回も興味深い多彩な本がおススメされました。 
 私からは、翌日の食と農の市民談話会のPRも兼ねて、いとうせいこう『ふくしまモノローグ』を紹介させて頂きました。

 後半は、今回の課題本であるレイ・ブラッドベリ『華氏451度』について。
 本が禁止された時代に隠されていた本(と持ち主)を焼いてしまく「昇火士」を主人公とする物語に、様々な感想がだされました。
 私の感想は、弾圧を逃れて地方に移住していた人々が、戦争で破壊された都市を助けに行くラストシーンは、コロナ禍の都市と農村の関係を暗示しているような気がした、ということです。

これも恒例、最後にUさんが読んで下さったのは中村至男『はかせのふしぎなプール 』
 今回も想像力をかき立てさせられる、楽しい本でした。有難うございました。

 なお、次回は8月9日(月・祝)、課題本は金子文子『何が私をこうさせたか-獄中手記』。重そうな本ですが会自体はいたってアットホーム、どなたでも参加できます。

さて、梅雨が明けた7月16日(金)の終業後は、久しぶりに東京・江戸川橋のピープルズ・プラン研究所(PP研)へ(道中、暑い)。

 この日開催されたのは、研究所テオリア主催の「座標塾」第17期第3回。
 テーマは「ベーシックインカムをめぐる論争を読み解く」、講師はPP研の白川真澄さんです。
 会場参加は講師、事務局の方を含めて10名弱。多くの方はオンラインです。

 準備して下さった詳細なレジュメに基づき、白川さんの説明が始まりました(以下、文責は中田にあります)。

「現在、ベーシックインカム(以下、「BI」)が問われている背景には、コロナ禍の下の雇用危機がある。世界の失業率は急上昇しており、日本でも休業者が増大し解雇や雇止めが増加。打撃は非正規の女性等に集中。収入が減った人は働く人全体の4分の1超に。
 失業手当や生活保護等のセーフティネットは機能しておらず、格差が急拡大している。さらにデジタル化・AI導入による雇用減少と二極分解も予想されている」

 「世界各地ではBI導入の実験が行われている。フィンランドではストレスや不安が小さくなったという結果も。スペインのバルセロナ市等では、低所得者を対象とした限定的BI(最低所得保証)が導入されている。
 また、コロナ危機のなかで世界各国が実施している家計への現金一律給付は、一種のBIとも考えられる。なお、日本は小規模で1回きりだが、所得制限なしで全国民を一律対象としたのは珍しい」

「BIのポイントは、全ての個人に対して最低限の所得を『無条件に』保証すること。
 資本主義下では労働力が商品化されているが、BIは労働を『稼ぐこと』から解放し、家事やボランティアなど無償の活動にも同等の価値を認め、多様な生き方を選択する自由の基礎を保障するもの」

 「失業手当や生活保護など、従来の仕組みは給付対象を限定(選別主義)。資格審査が厳格で偏見(スティグマ)の発生、社会の分断にもつながっている。
 これに対してBIは普遍主義であるため、これら欠陥を回避できる」

 「BIには、働く意欲を失わせるのではないかとの批判がある。しかし最低限の給付に留まることから、もっと良い生活を楽しみたいと思う人の働く意欲を損なうことはない。短時間労働の普及にもつながる」

 「財源面から実現不可能との批判もある。確かに、仮に月8万円を全員に給付すると115兆円が必要となる。しかし、社会保険料控除以外の所得控除をなくし、低水準に留まっている所得税と金融所得課税の税率を上げることで賄うことができる。大増税になる一方で、BIが給付されることから可処分所得はあまり変わらないとの試算もある」

 「医療、介護、子育てなどの社会サービスが削減されるのではとの懸念もある。
 しかしBIは最低限の現金給付に過ぎないことから、BS(ベーシックサービス)の無償提供は不可欠であり、BIとBSの財源を合わせて議論することが必要ではないか」

 「本格的な導入に先立つ低所得者向けの最低所得保障(限定BI)と、社会サービスの無償化・拡充を両輪で進めるしかない。
 そのためには、富裕層・高所得者への課税強化、金融所得への累進課税、巨大IT企業へのデジタル課税、環境税(炭素税)の抜本的引上げ等を実現べき。その上で、消費税率の引き上げも検討する必要が出てくるのではないか」

 さらに現在、市民の間で出てきている自主的な助け合いの運動(大人食堂、フードバンク、つくろいハウス、『米と野菜でつながろう運動』など)の重要性に注目していきたい。

後半は、オンライン/会場参加者との質疑応答と意見交換です。
 やはり財源が最大の問題では、社会的合意を得ることが困難では等の意見。
 BI導入についての政策論争が求められるが、現実には消費税減税の議論にとどまっているのは残念との意見。

 生活保護に関わる運動をされている方からは、BIの重要な意義はスティグマを排除すること等の意見も。

 兵庫県の中山間地で農業をされているという男性からは(オンラインの強みです)、
 「農業だけでは生活できないが、仮にBIが導入されれば地方では十分に生活できるようになる。いわゆる『三反百姓』の復活、地域共同体の再生にもつながる。BIには大いに期待したい」とのコメント。

 これらに対して白川さんからは、
 「努力すれば何とかなるといった考えはコロナ禍で破綻し、社会で助け合っていこうという合意が形成されつつある。困難なことだが、地道に社会の中に連帯意識を育てていくことが必要ではないか。
 価値観が合意されないと制度論、政策論に踏み込めない。政治不信が大きいこともネックになっている。自分たちの税負担が増加する覚悟も必要」等のコメント。

 BIをめぐる国内での論争、世界での実験や導入の現状等について分かりやすく整理された内容で、非常に意義のある学習会でした。
 しかし、世界でもBI導入は限定的にものに留まっており本格的BIの導入はないことを考えると、財源問題など、日本に限らず引き続き整理すべき論点は多いようです。

 また、白川さんはPP研の機関紙に「現金給付の速やかな実施、富裕層と大企業への課税強化を」と題する論文を発表されています。
 この日の学習会と合わせて、この論文も大いに参考となりました。

ところで私自身は、BIについては懐疑的な考え(勤労意欲を失わせるのでは等)が消えないのですが、最近読んだ赤松利市『アウターライズ』(2020年)という(荒唐無稽な?)小説では、独立した東北国ではBIが導入されており、人々が生き生きと働いている様子が描かれています。
 余談ながら、BIが導入された社会を想像する一つの手がかりとなりました。