【ブログ】食と資本主義の歴史(平賀 緑さん、第6回 食と農の市民談話会)

2021年11月9日(火)の19時から、第6回(最終回)の「食と農の市民談話会」が開催されました。

 開会に当たって、主催者であるNPO市民科学研究室の上田昌文代表からあいさつ。
 「食と農を『自分ゴト』にすることを目的に6月から連続開催し、様々な実践をされている方たちをお呼びしてきた。最終回は、実践家であると同時に大学の研究者でもある平賀 緑さんをゲストにお迎えし、俯瞰的・グローバルな話をお聞きしたい」

恒例の中田からの図表説明は、平賀さんとご縁を頂くきっかけともなったフード・マイレージについて。
 「日本の輸入食料のフード・マイレージは主要先進国のなかで突出しているが、その大きな部分を飼料穀物や油糧種子が占めている。これは畜産物や油脂を多く消費するようになった私たちの食生活の変化が原因と考えているが、これについては平賀さんから批判的なコメントを期待している」

続いて早速、平賀 緑さん(京都橘大学准教授)からの話題提供。
 充実した内容のスライドを共有して説明して下さいました。

(以下の文責は中田にありますが、かなり意訳しています。平賀さんの説明部分については動画アーカイブが限定公開(市民研の正会員等以外は有料)されていますので、こちらをご覧下さい。)。

「食べものやエネルギーを手作りするノウハウを紹介するような活動を10年ほど続けたのち、改めて大学院に入った。ロンドン市立大ではフードマイルの提唱者であるティム・ラング教授に師事し、食を切り口にして社会正義に取り組む『フードポリシー』等について学んだ。
 今年4月からはフルタイムの大学教員として『おいしくない食べもの」の研究をしている」

「今の食料システムがどのように形作られてきたかを、政治・経済・社会・歴史的に明らかにすることが私の研究のテーマ。
 食べものも、食べものを作る農業も、利潤追求をロジックとする資本主義に組み込まれている。命の糧である食べものも、売るための(あるいは輸出するための)商品として生産されている」

 「今日は時間の関係もあるので、詳しくは拙著『食べものから学ぶ世界史』(2021.7、岩波ジュニア新書)を読んで頂ければありがたい」

「日本ではあまり知られていないが、温室効果ガスの1/4は『食』関係から排出されている。
 気候危機が深刻化。山火事の頻発(メガファイア)、バッタの襲撃が増えているのも気候変動が関わっている」

「ほかにも食と農は、農薬、遺伝子組み換え、ゲノム編集、種子法、自由貿易協定など多くの問題を抱えている。しかしこれらは、資本主義的食料システムがまっとうに機能しているということ。
 まずは、その仕組みが歴史的にどのように形成されてきたかを理解する必要がある」

「もともと自給自足的だった食は、資本主義の始まりに伴って都市部の工場で働く労働者向けの商品となった。その後、植民地や奴隷貿易に支えられ、食料は大量生産・大量消費されるようになった。
 多国籍企業は市場を求めて世界に展開し(グローバリゼーション)、現在、気候危機とパンデミックが顕在化している」

「近代前は自分・地域で育てる『食べもの』だったのが、儲けるための『商品』に変貌した。
 農薬、化学肥料、農業機械等が普及し(他の工場で生産された資材を購入)、農業政策にも支えられて大量生産体制が確立した。貿易を通じて食品産業の原材料として使われることで、多くの産業が組み合わさった『資本主義的食料システム』が形成された。
 例えば和食の原材料にも、多くの大豆(油)やトウモロコシ(糖分)が使われている。」

「アメリカは『食料援助』として小麦や大豆を日本や途上国に輸出して、海外市場を開拓してきた。戦後の日本ではキッチンカーや栄養改善運動が展開された。総合商社や食品産業の発展とあいまって小麦、油脂、砂糖、畜産物等の消費拡大を促した。
 現在の食生活は、必ずしも消費者が自主的に選択したものではない。売りたい側、供給側が私たちの食生活の変化を促してきた」

「『緑の革命』とは、『北』の工業製品を『南』に売るための市場開拓の一環。高収量品種の開発とともに、農薬、化学肥料、農機具等を投入する大量生産体制が作り上げられた。
 収穫量は増加した一方で、飢餓が作られた」

「さて、どうしたらいいか。EUは “Farm to Fork (農場から食卓まで)” 戦略を打ち出し持続可能な食料システムを目指している。一方、日本では輸出促進が最重要課題に位置付られているなど対照的」

 「日本の各地では色んな素晴らしい活動が行われているが、資本主義的食料システムというメインストリームへの対抗軸となっていない。じれったく感じる。
 食料システムを地域に根差したものに変えていくこととが必要。小農・家族農、地域の八百屋さんや飲食店、家庭菜園などが組み合わされた、人間らしい生き方ができる経済の仕組みを育てていくべき」

 「経済という言葉は、元々『経世済民』。世の中を治め人民の苦しみを救うことを目的としていたはず。パンデミックを乗り越えるためにも、『命か経済か』ではなく『命のための経済』を取り戻すことが重要。
 この言葉が、自然の恵みである農と生命の糧である食と、それを支える地域社会経済とを取り戻すきっかけになればと願っている」

後半は、参加者の方たちを含めた談話(質疑応答と意見交換)の時間です。今回の参加者も20名ほど。平賀さんのご著書のイラストを担当された方も参加して下さいました。
 和気あいあいの雰囲気ながら、真剣なやり取りが行われました。

「今の食生活はアメリカから押し付けられたものか」との問には、平賀さんからは、
 「必ずしもアメリカの都合だけではなく、日本の食品産業も大きな役割。明治維新以降、日本の大衆はメリケン粉や砂糖を喜んで受け取ってきたが、それらを供給したのは日本の財閥系の商社や大企業」との回答。 

家庭菜園をされている方から「現実には農薬を使わないと農業は難しいのでは」という疑問が出されたのに対して、平賀さんからは、
 「大規模化や輸出ばかり注目されているが、売るための商品生産ではなく、庶民の胃袋を満たすための食べものの生産こそが重要。国全体の自給ではなく地域が自立できるように、少量・多品種を生産する家族経営が立ちいけるような施策が求められる。
 世界では都市住民等の間で家庭菜園が広がっている」等の説明。

大学教員の方からの「今の学生は、都市や大企業に比べて、農村や一次産業は一段下にあるという思い込みがあるのでは」との問いかけには、平賀さんからは「私は経済学部だが、今の学生は農業のことを何も知らないし、そもそも食べ物への関心も薄い」との返答も。

資本主義は否定すべきかとの本質的な質問も出されました。これに対して平賀さんからは、
 「好きだろうが嫌いだろうが、私たちは生まれる前から資本主義システムのなかにいる。資本主義を否定したところで状況は変わらない。
 何もできることはないと感じている人も多いが、毎日の食事から一歩ずつ、資本主義の仕組みから抜け出してみてはどうか。例えばペットボトルをやめてお茶を淹れてみる。コンビニでおにぎりを買ってくるのではなく自分でご飯を炊いてみる。そうすることで『商品』と『命の糧・食べ物』との違いが見えてくる」

 「まず自分一人から変わっていく。個人が動かないと何も変わらない。草の根的に取り組む人が増えていけば、社会が変わっていくと信じている」との回答がありました。

今回は小児科医や栄養士の方も参加して下さいました。
 「子どもの肥満・やせの増加や生活習慣病の増加など医療の現場は深刻で、背景には食の問題があると痛感。平賀先生の本には大いに触発され来院者にも勧めているが、本を手にとらない人にどのように広げていくかが差し迫った課題。
 仲間を広げ、進んでいく方向の目印となるような言葉はあるか」との質問に対して、平賀さんからは、
 「今の自分は『○○主義』のような言葉を提言することはできないし、資本主義も一枚岩ではない。まずは資本主義のシステムを理解することから始めることが必要で、そこから先のことは皆さんと一緒に考えていきたい。
 言葉としては、私は『経世済民』が大切と感じている」等の発言。

最後に上田代表から
 「大所高所から語るのではなく、地道な実践をつないでいくことの大切さが理解できた。そのための多くのヒントを頂いた。市民研でも『子ども科学料理教室』で加工食品等を取り上げている。食べもので地域とつながっていくという視点も重要。
 食と農の市民談話会は今回で終了するが、何らかの形で継続することを検討していきたい」等のまとめで終了。

今回も定刻の21時にいったん終了し、平賀さんを始め、ご都合の許す方だけ残って頂いて延長したのですが、気がつくと22時近くになっていました。これまでの最長時間です。
 平賀さん、刺激的で興味深いお話を有難うございました。

 平賀さんの『植物油の政治経済学』(2019、昭和堂)『食べものから学ぶ世界史』(2021、岩波ジュニア新書)は、いずれも好著です。
 特に後者は、高校生の読者を想定して分かりやすく書かれた本でもあり、ぜひ、多くの方に手に取って頂きたいと思います。

さて、本年6月にスタートした食と農の市民談話会は、今回で終了です。
 お忙しいんなかをボランティアで話題提供頂いた皆様、どうも有難うございました。大変興味深いお話ばかりでした。
 また、参加者の募集・受付から当日のzoomの運営まで一手に引き受けて下さった上田代表にも感謝申し上げます。
 そして何より、それぞれの立場やお考えから、ざっくばらんに発言して下さった参加者の皆さま(毎回、終了後に詳しい感想を送って下さった方もおられました)、本当に有難うございました。

 今後については、例えば都市農業の見学・お手伝いイベント等について上田代表と相談しているところです。参加者の皆さまからも、ご意見やご希望など寄せて頂ければ幸いです。