【ブログ】山下惣一さん、有難うございました。

2022(令和四)年7月。
 ウクライナでの戦争は長期化の様相。エネルギーと食料価格の高騰は、世界のいくつかの国での政情不安を顕在化させています。

 さらに国内では驚くべき事件が。
 7月8日(金)、選挙応援のため奈良市で街頭演説中の安倍晋三元総理が銃撃され、夕方には死亡が確認。翌々日投開票の参議院選挙では、安部氏の持論でもあった防衛費増額や原発再稼働を志向する与党が圧勝。大きな転換点になるのかも知れません。
 何とも、心穏やかではない夏です。

今年は早めに夏休みを頂きました。
 自宅近くに一画を借りている市民農園は、夏野菜真っ盛り。とても家族では食べ切れません。キュウリは数日、油断していると「オバケ」のように巨大化(種を取って炒めると美味しく頂けました)。

7月11日(月)は奥沢ブッククラブにオンライン参加。
 節目の80回目の課題本は、寮美千子さんの『空が青いから白をえらんだのです-奈良少年刑務所詩集-』。私も大好きな作品。逢坂泰精さんの歌も聴いて頂きました。
 最後の恒例、Uさんによる朗読は野坂勇作『にゅうどうぐも』

ちなみに私からは、下川 哲さんの『食べる経済学』をおススメさせて頂きました。30日(土)には別途、読書会が開催される予定です。

その2022年7月11日(月)の午後、小農学会メーリングリストで、さらに衝撃的な情報がもたらされました。山下惣一さんの訃報です。
 佐賀・唐津で農業を営みながら「物言う」作家として活動されてきた山下さんは、私にとって、正に「人生の師」でした。

作家・山下さんとの出会いは、岡山大学農学部在学中のこと。
 近くに下宿していた同級生の友人から薦められ、借りて読んだのが、山下さんの『いま、村は大ゆれ。』(1978、ダイヤモンド社)。

 軽妙な筆致で綴られた「農村からの現場レポート」は、嫁姑問題から牛肉・オレンジ自由化反対集会まで、あふれるユーモアと、痛烈な風刺と皮肉が満載。たちまち虜になり、熱に浮かされたように読み終えました。
 続いて『減反神社』(1981、家の光協会。直木賞候補)などの小説も拝読。

何となく世界の食料問題などに関心があって農学部に進んだものの、進路など全く考えていなかった私でしたが、山下さんの本を読んで、一生、食料や農業の問題に関わっていきたいとの決意が固まり、国家公務員への道を選択しました。

社会人になってからも、山下さんの本は何冊も読ませて頂きました(幸い、山下さんは多作でした)。もっとも、農政に対する激しい批判には、何度も気持ちがえぐられましたが。
 それでも、日々の業務と暮らしの中で迷いが生じた時に読んだ(あるいは読み返した)山下さんの本は、強固な方向性を指し示してくれる、私にとっての羅針盤に他なりませんでした。

直接、初めて山下さんにお目に掛ったのは、九州農政局(熊本市)在勤中の2005年10月8日(土)のこと。
 福岡・久留米市で開催された講演会の後、不躾にも控室に押しかけて、翌年1月に予定していた食育シンポジウムでの基調講演をお願いしたのです。
 国主催の行事への参加について、内心、山下さんがどう思われたか分かりませんが、礼儀知らずの下っ端公務員を憐れんで下さったのか、その場で承諾して下さいました。

 後日(2006年1月15日)、打合せのために係長とともに唐津のご実家を訪ねさせて頂いた時には、ミカン畑や直売所を案内して下さり、食事までご馳走になってしまったのも、忘れられない思い出です。

その憧れの山下さんと共に本を出版する機会を頂いたことは、私にとって得難い人生の宝物となりました。
 山下さん、東京大学の鈴木宣弘先生との共編著による『食べ方で地球は変わるフードマイレージと食・農・環境』(2007、創森社)です。

その後も、東京で開催される講演会かあるたびに出かけ、懇親会等で親しくお話をさせて頂きました。
 時には農林水産統計等について相談され、資料を提供させて頂いたこともありました。少しでもお役に立てたとしたら望外の喜びです。

写真は総合人間学会でのご講演の模様(2017.6/10、学習院大学(東京・目白))。
「百姓の五段階」、「小農学会」等についてお話し頂きました。

新聞各紙にも訃報が掲載された2022年7月12日(火)朝、本棚から山下さんのご著作を引っ張り出してみました。
 本はあまり買わない方なのですが、山下さんの本はたくさんありました。
 学生時代からの自らの年輪が刻まれているかのようです。図書館で借りて読んだものはさらにたくさんあります。

懐かしく思い、『いま、村は大ゆれ。』を開いて活字を拾い始めると、やはり面白くて、昼までに読んでしまいました。
 「いま、この国の農業は大変なことになりつつある。その歪は常軌を逸していると思うのである。この国のすべての人びとが、農業をどうするのか、その選択を迫られていると私は思う」

何のことはない、状況は山下さんがこの本を書かれた40年以上前と、大きくは変わっていないのです。

しかし山下さんは、ちゃんと処方箋も遺して下さっています。近年の著作のタイトルが、正に問題解決に向けてのキーワードとなっているのです。
 すなわち「身土不二」、「産地直想」、「市民皆農」、そして「小農」。

山下さんが遺して下さった多くの箴言を胸に、本当に微力ながら、より豊かな未来の食と農の実現のために尽力していきたいと思います。
 山下惣一さん、有難うございました。
 どうぞ安らかに。そしてこれからも厳しく、天上からお見守り下さい。