【ブログ】元木上堰 春の浚い(福島・喜多方市山都)

2023年5月3日(水)は快晴。福島・喜多方市山都(やまと)に向かいます。

 元木上堰(もときうわぜき)とは、山間部にある全長約6kmの山腹水路で、江戸時代に開削されてから300年近く、この地域の棚田等を潤してきました。
 毎年、この時期に田植えに向けての清掃・保全作業(春の浚い(さらい))が、ボランティアを募集して行われているのです。私は昨年に続いて2回目の参加です。

本木・早稲谷 堰と里山を守る会のFBページより。

午前10時過ぎのJR大宮駅・東北新幹線下りホームは大混雑、最初から自由席は諦め指定席車輛のデッキへ。
 10分ほど遅れていたこともあり、予定していたより2本早い便に乗ることができました。立ったままですが1時間ほどで郡山駅に着。いつもの駅ナカの立ち食い蕎麦で腹ごしらえ。

 12時15分発の磐越東線も大混雑。早めに行っていた私は座れましたが、さらに1時間ほど会津若松駅まで立ったままだった方も多かったようです。途中下車して駅のコンビニ店頭の揚げ物を買い占め(!)て、磐越西線に乗り換え(この時、山都駅ではPASMOが使えないと聞き、少々慌てました)。

14時15分に山都駅に到着。1年ぶりです。本木・早稲谷 堰と里山を守る会の浅見彰浩さん、大友 治さん達が出迎えて下さいました。
 今年は、農ジャーナリストの小谷あゆみさんも参加されています。

いったん宿泊場所の本木会館・早稲谷会館(分宿します。私は本木)に送って頂いて一休み。夕方にはいいでのゆに送って下さり、ゆっくりと温泉に浸かってから本木会館に戻りました。

18時30分頃から、明日の堰浚いに備えて大友さんによるオリエンテーション。
 昨年の大雨被害の状況等について、スライドを用いて詳しく説明して下さいました(文責・中田)。

「1998年にも大きな豪雨被害があったが、昨年8月3日はそれ以上の大雨だった。県道は通行止めになり早稲谷集落は一時孤立。
 最上流部の取水口のコンクリート水門は、山からの巨大な石が直撃し破損。各地で大規模な崖崩れがあり、ブロックの擁壁が崩壊した箇所も。水路は広い範囲で土砂と流木に埋め尽くされ、正直、復旧は絶望的に思われた」

 次々と映写される被害の惨状を伝える写真に、声を失います(大友さんは写真家でもあり、ふだんは山都の素晴らしい景観や動植物の写真をFBに投稿して下さっています)。

大友さんの説明は続きます。
 「だが、福島県はいち早く、用水路全体の復旧と、2023年の作付けに間に合うよう下流部の仮復旧を行うことを力強く表明。激甚災害の適用も閣議決定された。
 この背景には、2021年に福島県『特に後世に伝えたいふくしまの水文化』に選定されていたことに加え、23年2月には農林水産省『つなぐ棚田遺産』として認定されたことがあると思われる」

「昨年12月には国の査定も通過。3年以内に復旧しなければならないが、具体的な測量・工法は未定で、今後、市、県、国と協議していくこととなっている。
 今年の作付のための仮復旧として、中流部に早稲谷川からポンプアップし(下左図の緑の線)、水路が完全に土砂に埋まった箇所は塩ビ管を仮説してある」

 「明日の堰浚いは、C地点より下流(右側)の仮復旧の区間について行う。例年より距離は短いが、撤去する土砂の量は多いと思われる。ケガのないように、よろしくお願いします」

画像はオリエンテーションにおける大友さんの説明資料より。

予想される翌日の作業のキツさに慄き(おののき)つつ、懇親会。
 お米や野菜、卵、味噌などは準備して下さっており、おかずのみ各自持参です。
 自己紹介も。今年の参加者は、明日、到着される方も含めて43名ほど。ほぼ男女半々、7割ほどはリピーターのようです。お互い、顔なじみの方も多いようです。

 常連のお一人、フルーツバスケットの戎谷徹也さんは、今年も大地の会オリジナル日本酒「種蒔人」を1ダース差し入れて下さり、故・小林芳正さん(旧 熱塩加納村)の写真集も紹介して下さいました。

翌朝も快晴です。
 自炊しての朝食(私は配膳の手伝い位。有難うございました)。お米が美味しい。
 7時半、大友さん達が迎えに来て下さいました。改めて作業内容、道具(剣スコ、角スコ、フォーク)の使い方の説明など。

実はこの朝、個人的にトラブルが発生していました。
 昨年、手袋を忘れてきて浅見さんにお借りしたため、今年は間違いなく荷物に入れておいたはずなのが見当たりません。小谷さんに告白すると大切な「半農半X」手袋を借して下さいました(この御恩を一生忘れないため、ここに記しておきます)。

軽トラで行けるところまで送って下さり、あとは徒歩で、道具を携えて山道を登っていきます。8時30分過ぎに堰に到達し、本木チームは下流から上流に向かって作業スタートです。

例年、上流から下がってくる早稲谷チームと途中で合流することとなっていますが、今年は全体の距離はかなり短いとのこと。ちなみに昨年の合流地点(沢沿いの広くなった気持ちの良かった場所)も、今は土砂と流木に埋まっているそうです。

約5m間隔で水路に入り、スコップやフォークで堆積している落ち葉や枯れ枝を浚って山裾側に放っていきます。
 天気も良く、かといって暑過ぎることもなく、気持ちのいい新緑の中での作業です。野の花やカエルなどの生き物の姿も。昨年より季節はだいぶ早いそうです。

 流入した土砂が厚く水路を埋めている箇所もあり、足腰と腕に負担がかかります。数日後には間違いなく筋肉痛、日頃の運動不足を思い知らされます。
 最初のうちは参加者の間で軽口も飛び交っていましたが、次第に無口に。

随時、大友さんが音頭をとって休憩を入れてくれます。飴も配って下さいました。

原型をとどめないほどに土砂や流木で埋まっている箇所は、仮復旧として塩ビ管が設置されていました。元の水路を復旧するにはかなりの労力がかかりそうです。

 水路の擁壁(ほとんどは土堀り)が完全に崩れている箇所が何か所もあります。土嚢を積んで踏み固める作業は主に地元の方が担当されましたが、見ていてもかなりの重労働のようです。

11時半に午前の作業は終了。「こんなに昼休みを待ち遠しく思ったのは小学生以来」との声も。
 少し歩くと石上峠に到達。素晴らしい眺望です。
 この辺りでは棚田オーナー制の取組みも行われており、オーナーの方の何人かは、この日の作業にも参加されていました。

 軽トラで早稲谷会館まで送って頂き、カレーライスの昼食を頂きました。昨年と同じ、懐かしい美味しさです(ビール飲みたい!)。

ゆっくりと昼食休憩を取り(少し昼寝も)、13時30分頃から作業を再開。
 午前中の残りの水路を浚い終え、場所を移動して作業の続き。

 午後も休憩しながらです。
 その間、大友さんは、堰の構造や歴史などについて詳しく説明して下さいました。史書には残っていないものの、高低差の正確な計測等には紀州の先覚者・大畑才蔵の技術が応用されたのではないかというのが、大友さんの推測です。

広くなったところは豊かな緑の景観ですが、よく見ると土堤が認められます。かつては棚田だったところが、耕作放棄され灌木等が生えてきているのです。
 この地には浅見さん、大友さん、長谷川 浩さんなど移住者の方も多いのですが、地域全体では高齢化が進み、人口も、水利組合の組合員も減少しているそうです。

 最後に作業した箇所は、杉などの枯葉・枯れ枝で埋まっているものの、土砂は少なく軽い作業で済みました。15時過ぎに下ってきた早稲谷チームの方たちとご対面。
 今年の堰浚いは、被害の大きさを実感でき、大量の土砂が堆積している箇所もあったものの、距離も短く、総体としては恐れていたほどキツい作業ではありませんでした。

早稲谷会館に戻ります。
 会館前の広場にブルーシートを広げ、慰労会を開いて下さいました。労働の後、青空の下での豚汁とビールなどの美味しさは、言葉にできないほどです。

 地元の方々による、臨時の野菜や加工品の販売も。毎週土日、近隣にある「上堰棚田の里」では直売が行われているそうです。

ここで全員の集合写真。
 昨年は堰の途中の合流点での撮影でしたが、今年は早稲谷会館の前になりました。

写真は本木・早稲谷 堰と里山を守る会のFBページより。

この後、温泉で汗を流し、再び早稲谷会館に戻って18時前から交流会。
 山菜の天ぷらや煮物、茹でアスパラガスなど。浅見家の豚肉を使ったヒレかつも準備して下さいました。いずれも美味。改めて、地元の方を含めて自己紹介も。

 本木会館に送って頂いたのか何時だったのか、確かな記憶はありません。

昨年に続き、充実した体験でした。
 地元の皆様、今年も有難うございました。一緒に参加した皆さまにも、最終日の朝食の準備等を含め、色々とお世話になりました。
 また参加させて頂きたいと思います。被害が大きく今年は作業できなかった上流部分も、来年は浚うことができるでしょうか。

中山間地にある用水路を維持・管理、あるいは復旧していくことは、経済的な観点(受益地の面積や受益者の数)だけからみれば合理的とは言えません。受益地である棚田も、そもそも平地に比べれば生産性は大きく劣ります。
 しかし、300年近く使われてきたという歴史的な意義や伝統的な技術は、貴重な財産(Heritage)として後世に伝えていくべきものです。これらは経済的に(貨幣によって)評価することは困難な「価値」です。しかもこれらの価値は、歴史的建造物として保全したり博物館に展示したりできるような過去の遺物ではなく、地元の方たちが農業を続けていることによって初めて維持されているものなのです。
 さらには、首都圏等からのボランティアを募集し交流しながら活動されているユニークなど、さらに高く評価され、もっと世の中に知られていい先進的な取組みと思われます。

堰を浚っていると、何匹ものカエルが驚いて跳ねていきました。水面にはアメンボ。今年は見られませんでしたが、昨年はサンショウウオの大きな卵塊もありました。
 目を上げると、野草の花々が目と心を癒してくれます。
 生物多様性もまた、経済的評価が困難な重要な価値の一つです。

また、パンデミック、ロシアのウクライナ武力侵攻等により世界全体の食料事情が不安定となっている中、日本国内にある水路や農地を維持・保全していくことの重要性が大きく増していることも、間違いありません。

ふだんは首都圏の一消費者に過ぎない私ですが、堰や棚田の保全活動にわずかでも貢献できたとしたら、これに勝る喜びはありません。
 そのような機会を提供して下さった地元の方々に、改めて感謝申し上げます。