【ほんのさわり271】富山和子『水の文化史−4つの川の物語』

−富山和子『水の文化史−4つの川の物語』(2013.8、中公文庫)−
 https://www.chuko.co.jp/ebook/2014/11/515157.html
 (注:電子書籍しか掲載されていませんが、紙の書籍もあります。)

著者は1933年群馬県生まれ。出版社の編集者を経て、水、緑、土などについてユニークかつ先駆的な評論活動を続けて来られた方で、著者が監修された「日本の米カレンダー」は私も毎年愛用していました。
 1980年に初版が刊行された本書は、大規模な水源開発や河川改修が進められつつあった時代に、歴史的な観点を踏まえて、水と人間との関係について根本的な見直しを迫った名著です。

著者は淀川、利根川、木曽川、筑後川を訪ね、上流から下流までをめぐり歩いた結果、「日本の文化とは紛れもない川の文化であった」と結論付けます。例えば、京の文化も琵琶湖の漁民なくしてはありえなかったと。
 にもかかわらず、増大する京阪神の水需要に対応するための琵琶湖総合開発事業は琵琶湖の水位を低下させ、農漁業が培ってきた伝統的な自然とのつながり(農業用水路や漁法)を絶えさせてしまうのではと警鐘を鳴らしています。

干ばつに苦しんでいた筑後川中流域では、5人の庄屋が誓詞血判のうえ用水の開削を藩に願い出て、失敗した場合は磔(はりつけ)にするとの条件を受け入れた上で工事を行ったという史実も紹介されています。農業用水開削の歴史とは、農民たちの汗と血による凄絶な歴史だったのです。
 また、昔の農業的な水利用とは、都市的な一方的な水利用とは根本的に異なり、人と自然との間で水をもらったり提供したりする関係で、降った雨は土に返し、洪水時には溢れさせ、その氾濫原までも豊かな水田として活用するものだったことも紹介されます。

その農業用水が、経済の高度成長期に入り、都市により「征伐」されつつあるとのこと。「農業は水を使いすぎるので節約して都市に回せ」との主張に、著者は「節約すべきはどちらか」と憤ります。
 1974年の多摩川水害では、360年以上にわたって農業用水等を供給してきた二ヶ領用水の宿河原堰が堤防決壊の元凶とされ、爆破されてしまいます。
 このことを著者は、「農業に対する都市優位の、地方に対する大都市優位の論理が展開された」「自然への謙虚さを失った大都市が、自然とまだ謙虚に付き合っている人たちにより優位に立った」結果であると分析しています。

そして読者に対して、都市と農業の関係について「悩むことから出発して、ともに考えてほしい。つい二代か三代前まで、私たちはみな農民だったはずだから」と問いかけています。

出典:
 F.M.Letter-フード・マイレージ資料室 通信-pray for peace.
 No.271、2023年7月18日(火)[和暦 水無月朔日]
  https://www.mag2.com/m/0001579997.html
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