【ほんのさわり272】福岡伸一、伊藤亜紗、藤原辰史『ポストコロナの生命哲学』

−福岡伸一、伊藤亜紗、藤原辰史『ポストコロナの生命哲学』(2021.9、集英社新書)−
 https://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/1085-c/

生物学者、美学者、歴史学者による論考と鼎談により、現在の政治、経済、社会、科学からは「いのち」に対する基本的態度(「生命哲学」)が抜け落ちていることに警鐘を鳴らしている本です。
 「ウィルス同様、自らの身体も制御不能な自然物。ウィルスとは共生するしかない」と断じる生物学者(福岡)、「今こそ自然に耳を研ぎ澄ませて、効率優先の食と農のシステムを見直すチャンス」とする歴史学者(藤原)など、多くの示唆に富む本書ですが、今号のメルマガで特に紹介したいのは、美学者・伊藤亜紗の論考です。

障がいのことを考える時、本書等で伊藤が紹介する「はとバスツアー」のエピソードが、私の頭から離れることはありません。
 19歳で全盲になったという女性は、「目が見えなくなってから、毎日がはとバスツアーになっちゃった」と語ります。効率的に観光地に連れて行ってくれるバスツアーは便利ですが、日常の生活の中で常に周囲の人に介助されることは「いつもサポートしてもらう役割に固定され、障がい者を演じさせられてしまう感じが辛かった」というのです。
 善意(利他)の行動が、案外、本人のためになっていないことを知った伊藤はショックを受け、相手の自律性を尊重し信頼することが必要と悟ります。

また、コロナのパンデミックが始まった頃、全盲の人や難病を持っている知り合いと「Zoom飲み」をした時のエピソードも紹介されています。彼らは開口一番、「みんな障がい者になったね」と口にしたとのこと。つまり、自分のせいではなく、環境が原因で自分の自由が失われるという経験を今、みんながするようになったというのです。
 障がいを持っている人たちは、思い通りにならないことに対してどうつきあえばいいかという経験値がとても高いのではないか、と伊藤は語っています。

さらに伊藤は、障がい者という概念が生まれたのは、(時給という言葉に見られるように)時間が均一化された産業革命以降としています。しかし現実には時間は均一ではなく、植物が太陽の動きに合わせて日々、少しずつ生長していくような時間の捉え方が重要ではないかともしています。
 もとより障がいの内容は多様ですが、この伊藤の主張にも「農の福祉力」に関する示唆が含まれているように思われます。

出典:
 F.M.Letter-フード・マイレージ資料室 通信-pray for peace.
  No.272、2023年8月1日(火)[和暦 水無月十五日]
  https://www.mag2.com/m/0001579997.html
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