【ほんのさわり275】山下惣一『百姓の遺言』

−山下惣一『百姓の遺言』(2023.7、家の光協会)−
 https://www.ienohikari.net/book/9784259547837

何度か書いてきましたが、昨年7月に逝去された山下惣一さん(佐賀・唐津の農民作家)の一連の作品は、私にとって人生の羅針盤ともいえる存在でした。
 本書は、「生涯一百姓」を貫かれた山下さんがエッセイ等のかたちで遺された警鐘や提言をまとめたもので、1979年に地上文学賞を受賞し直木賞候補ともなった小説『減反神社』も収録されています。

山下さんは、時代の流れに翻弄されつつも、減反や自由化、規模拡大を推進する農政に強烈に異議を唱え続けてこられました。そして、少なくとも前半生においては、同時に「消費者」とも闘っていたことが分かるエピソードが収録されています。
 みぞれ交じりの冷たい雨の日、著者はレンコンを掘っていました。その脇を、小学校に向かうおばあさんと小学生の孫が通りかかります。突然、学校に行きたくないと駄々をこねはじめた孫に、おばあさんは血相を変えて「勉強せんでどうするか。そのおじちゃんば見てみろ!」と怒鳴ったというのです。著者は「農業がいかに教育に貢献しているかを知って、体が震えるほどに感動した」と記しています(むろん、強烈な皮肉と自虐です)。
 山下さんの執筆のエネルギーは、「消費者」に対する怨嗟と敵愾心が支えていたかのようです。

本書には「消費者に贈る10の本音メッセージ」も収録されています。
 最初のメッセージでは「食料、農業問題とは、生産手段を持たない消費者、つまりあなたの問題」「いざという時に飢えるのは消費者」であると釘を刺します。
 さらに「マスコミ等の情報に振り回され過ぎない」「利便性だけではなく、食を楽しみ、こだわりを持ってほしい」等と続き、最後には「生産者である私と、消費するあなたの間の深い溝を少しでも埋めたい、距離を縮めたい」として、「生産者、消費者という関係ではなく、共に地域に生きる生活者」としての連携を訴えています。つまり、かつて闘う相手であった消費者は、山下さんのなかで、パートナーの地位に変化していったのです。

実は、かつて山下さんの作品を読むたび、私自身、忸怩たる思いを禁じえませんでした。しばしば出てくる「ばーか、ザマミロ」との言葉が、一消費者に過ぎない自分にも向けられていることが分かっていたためです。
 本書には、井上ひさしさん(作家、2010没)との対談も収録されています。
 井上さんが「ぼくは山下さんの前に出ると、作っていないという後ろめたさを感じるんですよ」と発言したのに対して、山下さんは「しようがないじゃないですか(笑)」と返します。この言葉に、私自身も救われる思いがしました。

出典:
 F.M.Letter-フード・マイレージ資料室 通信-pray for peace.
 No.275、2023年9月15日(金)[和暦 葉月朔日]
  https://www.mag2.com/m/0001579997.html
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