【ほんのさわり】菅野正寿、原田直樹『農と土のある暮らしを次世代へ』

-菅野正寿、原田直樹『農と土のある暮らしを次世代へ』 (2018.7、コモンズ) -
 http://www.commonsonline.co.jp/books/books2018/201807no_to_tuchi_noaru_kurashi.html

編著者は、福島県有機農業ネットワークの前代表である二本松市東和地区の農家と、日本有機農業学会理事を務める新潟大学教授の2人。
 2011年3月、春の作付けに向けて準備をしていた福島の農家は、未曾有の原発事故による放射能汚染に見舞われ、これまで経験のなかった不安と混乱の中に叩き込まれました。
 県内には前途を悲観して自ら命を絶つ方さえおられました。

このようななか、二本松市東和地区の農家の方達は話し合いを重ね、土を耕し、種を播き、作物を育てる決断をします。
 当時、原子力等の研究者のなかには、より広い地域の住民の避難を主張したり、あるいは被災地における営農継続は汚染の拡大につながると否定したりする論調もありました。

しかし、新潟大学農学部の野中昌法教授(当時。2017年に逝去)を始めとする農学者のグループは、明確に立場を異にしました。
 まずは現地に赴き、苦悩し模索している農家と伴走することを選んだのです。

野中先生たちが重視されたのは、農家の主体的な取組みのサポートに徹すること、「測定」を起点とすること、地元の安心感を作ることを優先すること、生産者・消費者・流通・研究者が一体となって理解を深める機会を設けること等でした。

まずは圃場ごとに綿密な測定を行ってデータを収集し、放射性物質による汚染の実態を明らかにしました。
 その過程で、良質堆肥をしっかりと施用し豊かな土地を育てていくという有機農業(本来の農業)は、放射性物質を土壌中に固定し、作物への移行を抑制するというメカニズムも解明されたのです。

原発事故から8年が経過した現在、山菜など一部を除いて基準を超過する品目はありません。
 このように福島の農業の復興と再生が実現した背景には、農家の方たちの自主的な取組みと、現地に入って農家とともに歩んだ農学者たちのグループの「協働」があったのです。

なお、本書の主な舞台(阿武隈山地)は典型的な中山間地域で、零細で自給的な農業が中心で、規模拡大による効率的な農業の実現は困難な地域です。
 本書には、今後の日本農業のあり方を考える上でも、多くの示唆が含まれています。
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出典:F. M. Letter -フード・マイレージ資料室 通信- No.163
 https://archives.mag2.com/0001579997/
(過去の記事はこちらにも掲載)
 http://food-mileage.jp/category/br/