【ほんのさわり】原田信男『コメを選んだ日本の歴史』

-原田信男『コメを選んだ日本の歴史』(2006/5、文春新書)-
 https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166605057

1949年生まれの著者の専門は生活文化史で、食文化についても多くの著作があります。本書は、日本の歴史を通して、いかに米が大きな役割を果たしてきたかを明らかにしています。

弥生時代に渡ってきた水田稲作システムは、日本の人口や社会に大きなインパクトを与えました。
 その生産力の高さにより社会的剰余を生み出すことで、クニ(古代国家)の形成が始まり、やがて激しくなった戦争(軍事力の背景にも米がありました。)を経て統一国家(ヤマト政権)が成立します。… 続きを読む

【ほんのさわり】藤原 彰『餓死した英霊たち』


-藤原 彰『餓死(うえじに)した英霊たち』(ちくま学芸文庫、2018/07)-
 http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480098757/

1922年東京に生まれた著者は、陸軍士官学校を卒業して中国各地を転戦。復員後に東京大・文学部史学科に入学し、後に一橋大教授等を務められ、2003年に逝去されました。

太平洋戦争における日本軍人の戦没者は … 続きを読む

【ほんのさわり】斎藤 美奈子『戦下のレシピ』

斎藤 美奈子『戦下のレシピ-太平洋戦争下の食を知る』(2015/7、岩波現代文庫)
 https://www.iwanami.co.jp/book/b256540.html

1956年新潟生れの文芸・社会評論家である著者による「戦争中の食の世界へあなたを誘うガイドブック」です。
 著者は、戦下においても発行され続けた婦人雑誌に掲載された食や料理に関する記事をたんねんに調べました。… 続きを読む

【ほんのさわり】イリイチ『コンヴィヴィアリティのための道具』

-イヴァン・イリイチ著、渡辺京二/梨佐翻訳『コンヴィヴィアリティのための道具』(2015/10、ちくま学芸文庫)-

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480096883/

著者は1926年、オーストリアに生まれ、神学、哲学、歴史学を学びカトリック司祭として活動した後、メキシコを拠点に産業社会への批判を展開した思想家です。
 1973年に刊行された本書は、その後のエコロジー運動や脱成長論の思想的な源泉の一つと位置づけられています。

本書のキーワード「コンヴィヴィアル」(convivial)は、一般的に耳に馴染みはなく、書くのも発音するのも大変です。… 続きを読む

【ほんのさわり】岩佐勢市「食育の祖 石塚左玄物語」


 岩佐勢市「食育の祖 石塚左玄物語」(2010/3、正食出版)
 http://shop.ruralnet.or.jp/b_no=05_92116606/

著者は1949年福井市の生まれ。JA厚生連に勤務されていた時、住民検診の結果(偏食、運動不足等)に愕然として食育の活動に取り組み始められました。その活動の中で地元出身の偉人・石塚左玄に巡り会い、以後、左玄の研究を続けておられます。
 現在、NPO法人フードヘルス石塚左玄塾の代表も務められています。… 続きを読む

【ほんのさわり】江守正多『異常気象と人類の選択』


 江守正多『異常気象と人類の選択』(2013.9、角川SSC文庫)
  https://www.kadokawa.co.jp/product/301308000810/

著者は1970年生まれの気象学者で、国立環境研究所の地球環境研究センター気候変動リスク評価管理室長。IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)第5次報告書(2013)の執筆にも参加されています。

著者は、地球温暖化問題を、近年異常気象が頻発している状況も踏まえて、「少しも大げさないい方ではなく、現代文明の運命に関わる問題」「今生きているわれわれが、現代文明の運命をどうしたらいいかという価値判断にかかわる問題」と位置づけています。

温暖化に対するいわゆる「懐疑論」については、著者は科学的には否定できるとしていますが、一方、政策論としては、対策積極派(行き過ぎた現代文明を見直すべき)と慎重派(現実主義、経済価値重視)対立しており、その解決のためには、政府(政策立案)と市民との間の信頼醸成が不可欠としています。… 続きを読む

【ほんのさわり】日本フードシステム学会 監修『医福食農の連携とフードシステムの革新』


日本フードシステム学会 監修、斎藤修・高城孝助 編著『医福食農の連携とフードシステムの革新』(2018/3、農林統計出版)
 http://www.afsp.co.jp/syoseki-annai.html#040533

高齢化の進行は日本のあらゆる分野に大きな影響を及ぼしていますが、食との関連をみると、在宅高齢者の約40%は低栄養であり、70歳以上層においては20~30%が「個食」とのこと。また、高齢者を中心とした「買い物難民」の問題が顕在化する一方、介護食の市場規模は、今後、大きく拡大することが見込まれています。… 続きを読む

【ほんのさわり】五十嵐泰正『原発事故と「食」』


-五十嵐泰正『原発事故と「食」-市場・コミュニケーション・差別』(2018/2、中公新書)-
 http://www.chuko.co.jp/shinsho/2018/02/102474.html

著者は1974年千葉・柏市生まれの筑波大学大学院人文社会系準教授(都市/地域社会学)。
 原発事故でホットスポットとされた千葉・柏市で「安全・安心の柏産柏消」円卓会議事務局長を務められた時の経験は、編著『みんなで決めた「安心」のかたち』(亜紀書房)としてまとめられています(これも多くの示唆に富む本です)。

本書では、東日本大震災から7年以上が経過し、「風化」と「風評の残存」が同時進行するという複雑な状況にあるという認識の下、まず、福島県産農水産物の「風評」被害が市場の中で固定化されていくメカニズムが分かりやすく分析されています。例えば、季節性や保存性、あるいは代替産地の有無の点でキュウリと米は違う状況にあることがデータに基づき明らかにされます。… 続きを読む

【ほんのさわり】広井良典『コミュニティを問いなおす』


-広井良典『コミュニティを問いなおす』(2009/8、ちくま新書)-
 http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480065018/

著者は1961年岡山市生まれ。現在は京都大学こころの未来センター教授として、環境や社会保障に関する政策研究からケア等をめぐる哲学的考察まで、幅広く発信されています。

著者によると、これからの日本社会の課題を考えて行く上で中心に位置するテーマが「コミュニティ」とのこと。
 経済成長期を支えていたのは“都市の中のムラ社会”とも言うべき閉鎖性の強いコミュニティ(カイシャ、核家族)でしたが、経済が成熟し定常化社会を迎える中で、地域に根ざした新たなコミュニティの創造が必要としています。… 続きを読む

【ほんのさわり】藤原辰史『稲の大東亜共栄圏』


 藤原辰史『稲の大東亜共栄圏』(2012.9、吉川弘文館)
 http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b102877.html

本欄で藤原先生(京都大人文科学研究所准教授、農業技術史)の著書を紹介するのは、 No.136(2018.1/31)の『戦争と農業』に続いて2冊目です。

本書では、20世紀前半に日本が植民地支配を強めていく過程で、品種改良が植民地統治に重要な役割を果たしたことが明らかにされています。… 続きを読む

【ほんのさわり】大和田 新『大和田ノート』


 大和田新『大和田ノート-伝えることの大切さ 伝わることのすばらしさ』(2016.8、福島民報社)
 https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E7%94%B0%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88-%E5%A4%A7%E5%92%8C%E7%94%B0-%E6%96%B0/dp/4904834348

「東日本・津波・原発事故大震災」(注:大和田さんは東日本大震災をこのように呼ばれます。)から、丸7年が過ぎました。
 しかし、被災された方々に節目はないそうです。震災から3ヶ月後の日に被災者の方にインタビューした大和田さんは、「震災から何ヶ月、何年という区切りはマスコミが勝手に作っているだけ。あなたは恥ずかしくないか」と言われたそうです。… 続きを読む

【ほんのさわり】碧野 圭『菜の花食堂のささやかな事件簿』


 碧野 圭『菜の花食堂のささやかな事件簿』(2016.2、だいわ文庫)
 http://www.daiwashobo.co.jp/book/b214174.html

作者の碧野圭(あおの・けい)さんは名古屋市のご出身。
 フリーライターとしてアニメ誌等で活躍し、出版社でのライトノベルの編集等を経て、2006年に『辞めない理由』で小説家としてデビュー。以後、働く女性を主人公にした作品を中心に執筆されており、2014年からの … 続きを読む

【ほんのさわり】水上 勉『土を喰う日々』


-水上 勉『土を喰う日々-わが精進十二ヵ月』(新潮文庫、1982/8)-
 http://www.shinchosha.co.jp/book/114115/

著者は1919年、福井・本郷村(現おおい町)生まれ。『飢餓海峡』『雁の寺』『華岡青洲の妻』等で著名なベストセラー作家で、2004年に逝去されました。
 生家は貧しかったために9歳の頃から京都の禅寺に修業に出され、16~18歳の頃には典座(てんぞ、禅宗寺院で食事を司る役職)を務め、精進料理の作り方を覚えたそうです。… 続きを読む