菊池勇夫『飢饉』 (2000.7、集英社新書)
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本書は、1950年青森県生まれで日本近世史・北方史を専門とする著者が、日本における飢饉の歴史を明らかにし、その発生メカニズムや未然に防ぐための社会システムのあり方等を論じた書です。
「日本書記」以来、数年に一度、あるいは毎年のように日本のどこかで飢饉は発生していたとのこと。
古代から中世にかけては冷害や虫害を原因とする飢饉が頻発し、数万人という餓死者の数や「人肉食」等の凄惨な状況も記録されています。
江戸時代に入って飢饉はさらに大規模化し、数十万人の犠牲者を出すようになりましたが、著者は、その背景に市場経済の全国的な浸透があると見ています。
つまり、地方・農村のすみずみにまで商品貨幣経済が浸透し、全国的な市場経済に組み込まれた結果、領内の米が江戸・大坂の商人に根こそぎ買い集められてしまう等の事態が生じたため、わずか1年の凶作でも多くの餓死者が出るようになったというのです。
また、大豆等の商品作物の需要が増加し、山地を開墾し焼き畑で生産されるようになった結果、イノシシなど鳥獣害が深刻になったという状況もあるそうです。
市場経済下では、食料を含む商品は生産地から消費地に流れます。そのため、飢饉の被害は農村地域に集中することとなり、餓死や疫病の蔓延の他、「身売り」「間引き」「人肉食」といった惨状にもつながったのです。
さらには、江戸など消費地における食糧不足は下層民にしわ寄せされ、打ちこわし等が頻発するようになりました。
著者は、飢饉を単なる歴史上の出来事として片付けてはいません。
経済のグローバル化が進行し、食料が国境を越えて行き来する現代においては、江戸時代の日本列島に起こっていた飢饉が、世界的規模で起こりかねないことに警鐘を鳴らしています。
「都市生活者には生産者のことが見えにくくなっている。外国であればなおさらである。金任せの食料の大量買付けがどこかで飢餓をつくりだしているのではないか」と問題提起し、
「国際化の時代、そのようなことに想像力を働かせていくことが最低限の知的営みというものであろう。人災を生み出さないために、モラルが問われなければいけない」と訴えています。
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出所:F. M. Letter -フード・マイレージ資料室 通信- No.166
https://archives.mag2.com/0001579997/
(過去の記事はこちらにも掲載)
http://food-mileage.jp/category/br/