【ブログ】谷崎潤一郎『陰影礼讃』(奥沢ブッククラブ第76回)

徐々に朝夕の日が長くなってきました。何度か雪の予報は出たものの、東京地方は総じて晴れの日が多くなっています。
 2022年2月12日(土)の夕刻は、遠く西空に富士山のシルエットが望めました。いつの間にか梅の季節は過ぎつつあり、市内の公園では河津桜が咲いています。

2022年2月14日(月)19時からは、第76回の奥沢ブッククラブにオンライン参加。
 京都からの参加者・Iさんは、大学院を修了し島根での就職が決まったとのこと。障がい者福祉を学び、その経験を踏まえた優れた著書もあるIさんに参加者全員からエール。

前半はおススメ本の紹介。今回も多彩なジャンルの本が紹介されました。
 例えば平野啓一郎『本の読み方』、真藤舞衣子『発酵美人になりませう。』、ステファニー・ランド『メイドの手帖』、逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』、松岡享子『子どもと本』、茨木 のり子『詩のこころを読む』、野口 卓「大名絵師写楽」、綾屋 紗月・熊谷 晋一郎「つながりの作法』等々。何冊かは手に取ってみたいと思います。

 なお、私からは榊田みどりさんの『農的暮らしをはじめる本』をおススメさせて頂きました。

後半は、この日の課題本である谷崎潤一郎『陰影礼讃』についての感想のシェア、意見交換など(後述)。

最後には、これも恒例のUさんによる絵本の朗読。
 桃戸栗子『どうして パパと けっこんしたの?』。ほのぼのとした内容ながら、ちょっと身につまされました。
 なお、次回の奥沢ブッククラブは3月14日(月)、課題本は有島武郎『小さき者へ』に決まりました。追ってフェイスブックでイベントページが立てられる予定。どなたでも参加できます。

さて、この日の課題本・谷崎潤一郎『陰翳礼讃』です。
 私が読んだ(手元にある)のは、谷崎の文章とともに大川裕弘氏の写真が掲載されたバイ インターナショナル刊のもの(2018)。

 「陰翳」とは薄暗い影のことで、谷崎は「なぜ日本人は薄暗がりが好きなのか」を縷々述べています。美しい写真も。
 この日のブッククラブの参加者の皆さんも、谷崎が欧米と対比するなかで、日本の美意識のユニークさを強調していることが、強く印象に残ったようです。

パイ インターナショナル社『陰翳礼讃』HPより。https://pie.co.jp/book/i/5012/

例えば、「美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にある。陰翳の作用を離れて美はない」。「何よりも『間』が大切」等は印象的な文章です。
 「顔の白さを引き立たせるためというお歯黒の意味が分かった」「英訳と見比べると日本語は表現が豊か」といった感想も。

 料理についても、興味深い表現があります。
 「われわれの料理は、常に陰翳を基調とし、闇と云うものと切っても切れない。日本料理は見るものである以上に瞑想するもの」
 「かつて漱石先生は、玉のように半透明に曇った羊羹の色を賛美していた。西洋のクリームなどは、何という浅はかさ、単純さであろう」
 「ピカピカ光る西洋人の食器などを見ると心が落ち着かない。それに比べると、またたく蔭にある塗り物の沼のような深さと厚み。闇が堆積した色。スープを浅い白ちゃけた皿に入れて出す西洋流に比べて、何と云う相違か」
 やや、日本料理をほめ過ぎ(西洋料理を貶し過ぎ)かも。

しかし私が最も印象に残ったのは、最後の「老人の叱言(こごと)」の部分。
 すなわち、「欧洲に比べると東京大阪の夜は格段に明るい。恐らく世界中で電燈を贅沢に使っている国は、亜米利加と日本であろう。日本は何でも亜米利加の真似をしたがる」とし、観月の会に行った先の寺のスピーカーや電飾、京都の老舗ホテルの過剰な伝統や暑さに苦言を呈します。

さらに「照明にしろ暖房にしろ、文明の利器を取り入れるのに異議はないけれども、それならそれで、なぜもう少しわれわれの習慣や趣味生活を重んじ、それに順応するように改良を加えないのであろうか」とも。

そして谷崎は、「われわれが既に失いつつある陰翳の世界を、せめて文学への領域へでも呼び返してみたい」「まあどういう具合になるか、試しに電燈を消してみることだ」という言葉で閉じています。

本書は「陰翳」を重んじる日本文化を礼讃する書であると同時に、それを失いつつある日本文明への慙愧と警告の書でもあるのです。

本書が発表されてから約90年。
 日本の夜は、ますます明るくなり、陰翳を失いつつあります。